クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。
パシリです。
片山右京photo
photo by R. KASHIMA
片山右京
Profile
本名:片山右京
生年月日:1963年5月29日
サイズ:165cm/60kg
出身地:東京都

1983年、「筑波FJ1600Bシリーズ」へ参戦、いきなりチャンピオンに輝く。その後フランスに渡り「F3」で活躍、帰国後に「全日本F3000レース」チャンピオンを獲得し、F1へ! 小気味よいドライビングでF1界でも人気を集める。
1999年、トヨタチームの一員として、「ル・マン24時間耐久レース」に出場。日本人トリオとして史上最高位の2位をGET!!

片山右京
 PART1(7月18日放送)

今週は、6月に行われました「ル・マン24時間耐久レース」で見事2位になりましたレーシングドライバーの片山右京さんをお迎えしております。ル・マンのお話を伺っております。ジックリお楽しみ下さい。

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ゆるめちゃダメなんだ

鹿島 :ル・マンで日本人だけのトリオで2位というのは、最も高いところなんですよね。

片山 :そうですね。いろいろな方からお褒めを頂くんですけど、正直言ってですね、中継観てくれてた人はわかってると思うんですけど、本当は勝っていたレースだったんですよ。それが、自分が乗っている最後のチャージの時にタイヤがバーストしまして…非常に残念な部分も大きいんですけどね。

鹿島 :今年のル・マン、トヨタの3台が練習から速くて、その中の1台はドライバーが日本人3人だということで、日本でも盛り上がりました。レースの最後で右京さんが追いかけていて、「これから!」というときに左のリア・タイヤが破裂しちゃったんですよね。

片山 :そうですね。その前にちょっとバイブレーションとかがあって、イヤな予感がしていたんですけどね… ただ、状況が状況で残り1時間でマイナス22秒ってサインが出てましたから。お互いあと1回ずつ、給油が残ってましたから自分の頭の中では絶対捕まえられるって計算してましたから、あそこで緩めるわけにはいかなかったんです。

鹿島 :実際どうなんですか、340km/hでタイヤが破裂してしまうというのは…?

片山 :あの、データでは、328km/hでバーストしてるんですけどね。その瞬間に、「あッ、自分で止められない」と思ったんですよ。一応コレで喰ってますから、これは大きなアクシデントだって判りますからね。で、ヤッちゃったって思いました。まあ、いろんな人にね、「やっぱりさすがプロですネ。落ち着いてましたネ」とか言われるんですけど、ほんと、その度に恥ずかしくって…。たまたま運良く停まってくれて良かったって感じで、そういう意味ではご先祖様に感謝しているんですよ。

鹿島 :やはりあれだけのアクシデントに遭っても無事だと、誰かが助けてくれたんだって感じたりしますか…

片山 :だから、雑誌とかのインタビューでも、ちょっとセンチメンタルになってるんですよ…。今年のシーズン最初に亡くなった舘信吾君とか、僕がトヨタに乗るきっかけになった小河選手だとか…まあ、たくさんの友達とか、姉貴とか、やっぱり「守ってくれたのかな」って、この歳になるとね。ちょっとそんな感じ受けたんです。



上がってみなくちゃね

鹿島 :そして見事2位。最後のゴールの時なんか、他の2人のドライバーさんがコース上にいらして…とても珍しいシーンですよね。

片山 :その前から…無線でね、「お疲れさま!」とか入って来てたんで、笑いながら運転してたんですけど… 実際はタイヤがバーストした時にエンジンのパーツとか巻き込んでたんですよ。それでエンジンの調子が最後だけ悪くなっていて、回転が上がらなくて、実はギアが入らなかったんです。最後のフォードシケインで小さなコーナーを3速とか4速で回らなくちゃいけなくて、エンジンがノッキングして止まりそうになったりとかして… ゴールまでは本当にドキドキでしたね。冷や汗モノでした。だから、2人が小躍りしてるの見たら、笑っちゃいました。

鹿島 :笑っちゃいましたか(微笑)。 確かにあれは、日本のレースシーンでは見たことがなかったです。表彰台はどうでしたか? かなり高いところにありますよね。

片山 :そうですね。なんかネ… その、下から見上げると船のデッキというか、どこかの桟橋の上って感じなんですけど、上から見たら景色がとにかく凄いんですよ。もうホントにね、人の海で。人が20万とか25万とか集まると、凄い景色なんだなと思いましたね。

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「リーダー、リーダーとか祭り上げられていますけど」