クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

松崎しげる
Profile
本名:松崎茂幸
生年月日:1949年11月19日 趣味:野球、ゴルフ
出身地:東京

1970年「8760回のアイラブユー」で歌手デビュー。77年「愛のメモリー」で 日本レコード大賞歌唱賞受賞。その高い体温を感じさせる歌声で、 CMソングからスポーツ大会の国歌斉唱までこなす。また俳優としても、 ドラマ「噂の刑事トミー&マツ」(1979年)での衝撃的な登場以来、 濃厚な存在感でお茶の間にアピール、独自のポジションを確立する。 50歳を目前にしながらギラギラとした生命力を損なわない、芸能界の燃える油田。
松崎しげる
 PART1 (6月27日放送)

今週は芸能界で最も太陽、そして夏が似合う松崎しげるさんをお迎えしております。ロサンゼルスで免許を取られたお話から、車に対する熱い思いまで、レーサー鹿島が伺っています。熱い男同士のトークをじっくりお楽しみ下さい。

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鹿島 :今週は芸能界で太陽、夏が最も似合うこのお方をお迎えいたしました。よろしくお願いいたします。

松崎 :ミスターサンシャイン松崎しげるです。よろしくお願いします。

鹿島 :松崎さん、やっぱりいい色ですね

松崎 :歩くメラニン色素とまで言われてますからね。今年も真っ黒になってみたいと思います。

鹿島 :まずは、車との関わりをお伺いしたいんですけど・・・

松崎 :そうですね。僕の生まれが昭和24年ですから、戦後のベビーブームといわれた時代です。ですから、自家用車って時代ではなかった。中学、高校ぐらいからですかね。高校2年生でもう軽自動車の免許が取れるという時代でしたから、みんなもっていました。
僕はその頃野球部でしたから、免許を取りに行く時間がなかった。まあ、スポーツをずっとやっていて、高校入ってみんなは2年生でもう車バンバン! スバル360やらキャロルやら、若者が乗れる新しい軽自動車に乗っけてもらっていろんなところに行きましたね。




鹿島 :松崎さんご自身は免許を取られたのは、いつ頃ですか?

松崎 :僕はネ、40過ぎてからです。ちょうど40歳の時かな? 僕が記念アルバムを作りにロサンゼルスに行きまして、ロスで免許を取ったんです。
まあ、今はロスにも自分の住居をおいてますから。それでロスだけの免許と、日本では国際免許ですね。


鹿島 :普通の場合と逆の国際免許ですね。

松崎 :いや、本当は向こうで乗るためだけに取ったんですよ。そしたらそれで日本でも乗れるというので、「あっ、それじゃ国際免許で乗ろうか」と。
日本でも何回かチャレンジはしたんですよ。でも、時間的に取れなかったというか・・・3回も教習所に通った経験があります。もう路上まで行っても、仕事が忙しくなる。で、また行っても忙しくなる。それで全部ダメでしたね。ペーパ−試験でも1度も受かったことがないですしね。


鹿島 :ロスのほうでは、割とスンナリといったんですか?

松崎 :そうですね。これ、あの、内緒話じゃないんですけど、向こうは電話帳の教習所のところに、問題がA・B・C・Dと4問ぐらい載ってるんですよ。で、もうまったく同じ問題が試験に出るんです。それを完全に頭の中で把握していけば、OK! ですよ。もうすごく簡単って言いますか、イージーな考え方なんです。

鹿島 :路上講習はどうなんですか?

松崎 :ありますよ。行ってすぐ、まあ、アメリカ式の合図というのがありまして、そのスタート、ストップみたいな部分は、ちょっと間違えたりとかありましたけど、運転の部分ではストップは掛からなかったですね。逆に慎重過ぎて「モアスピード!モアスピード!」って言われましたね。

鹿島 :「アクセル踏め」って。日本とは勝手が違いましたね。

松崎 :かなり違いましたけどネ。ただ、まあ無事故・無違反で9年も乗っていますので、そういう面ではなかなかいいのかなと・・・。

鹿島 :いいですね。免許もゴールドカードを持っていらっしゃるわけですね。

松崎 :いや、国際免許じゃあゴールドカードはもらえないでしょう?

鹿島 :ハハハ、そうですね。失礼しました。