TRD Driver's Meeting
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 関谷正徳

関谷正徳
Profile
1949年11月27日生まれ
出身地 : 静岡県
血液型 : A
身長  : 168cm

1971年「富士500kmレース」でデビュー。 77年の「富士GCスーパーツーリング選手権」でのシリーズ優勝などを経てトムスと契約。トヨタのエースドライバーとして国内外で活躍。1995年には「ル・マン24hレース」で日本人初の総合優勝を果たす。今シーズンは、トヨタスープラで「全日本GT選手権」に参戦。第3戦(5/30・SUGO)99年型スープラに初の1勝を・・・。

関谷正徳
 PART1 (5月30日放送)

このコーナでは、レース関係者はもちろん車を愛してやまない人気アーティストをゲス トにお招きして、カーライフやレースのエピソードなどレーサー鹿島が本音に迫り ます。

今週もスペシャルなゲストをお迎えいたしました。伝統の『ル・マン24時間耐久 レース』日本人唯一人の優勝者の関谷正徳さんです。大先輩を前にレー サー鹿島、少し緊張気味・・・。今週は、ル・マンについていろいろ聴いています。 じっくりお楽しみ下さい。

鹿島 :関谷さん、ヨロシクお願いいたします。

関谷 :よろしくお願いします。

鹿島 :関谷さんが、ル・マンで総合優勝されたのが1995年。これは、日本人で唯 一人の記録なんですよね。

関谷 :そうですね。

鹿島 :このル・マン、始まったのが1923年(大正12年)。フランス、ヨーロッパでは、伝統のレースとしてファン層は幅広いですよね。

関谷 :そうですね。もう、下は小さい子供さんから、上はおじいちゃん、おばあちゃんまで、本当に幅広いですよ。

鹿島 :非常に歴史もありまして、このル・マンで勝つと、車もドライバーも世界最強と言われるわけですよね。

関谷 :やはり、これだけいろいろなメーカーがトライしているわけですから、世界最強といいますか、メーカーにとっては大事なレースになりますよね。

鹿島 :ドライバーにとっては、いかがなんですか?

関谷 :もちろん、ドライバーにとっても非常に(参加できることは)嬉しいですね。優勝できましたし、これは記念すべき事ですから・・・

鹿島 :話は変わりますが、ル・マンの場合、どの位の速度でストレートを駆け抜けていくんですか?

関谷 :そうですね。1990年までは、380〜400キロ出ていた時もありました。あまりにもストレートが長くて危ないので、その6キロのストレートに2つシケインを作りまして、最高速度をなるだけ抑えたんです。ですから、今の車ですと多分330〜340キロぐらいだと思います。

鹿島 :抑えて、その速度って事ですね。

関谷 :そうですね。

鹿島 :シケイン、といいますのは、直線の間と間に設けて、スピードを減速させる為のものです。これは、逆にハイ・スピードでシケインが2つもありますと、すごいスピードからフル減速ですから運転する人と車には厳しいでしょうね。

関谷 :昔は、ストレートはスピードがあって怖かったんですけど、休めたんですね。

鹿島 :休めましたか?

関谷 :ええ。380キロぐらい出ていたんですけど、それでも、ちょっと気軽にっていいますか、まあ、休む時間はあったんですけどね。今度は、シケインが2つ増えた事によって、フルブレーキしなくちゃいけない状況になっているわけですよ。その最初の年、1991年だったんですけど、今でこそカーボンブレーキを使っていますけども、あの時はカーボンブレーキ使えなかったので、足がもう本当につっちゃいまして痛かったのを憶えています。

鹿島 :足がパンパンになったんですか?

関谷 :ふくらはぎなんて痛くてね、本当に踏めなかったですよ。もう、冷やして乗った憶えがありますけどネ・・・


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