Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

時代を先取りし続けた40余年
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鹿島 :色んなクルマを世に送り出されています。フォルクスワーゲンの初代ゴルフ、何度もお話しが出ているいすゞの117クーペ、BMWのM1、ロータスのエスプリ、そして映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で有名になったデロリアン、あとはトヨタのアリストですとか。クルマ好きな人だったら、やっぱりあのデザインはちょっと変わってるよね、というような独特の雰囲気を持っていますよね。

宮川 :トヨタでしたらスターレットが最初の仕事でしたね。

鹿島 :これはパブリカですね。1960年代。

宮川 :そうですね。

鹿島 :当時はどういうお仕事の流れだったんですか。先に画があるんですか。それとも何らかのテーマがあってそこに対して画を描かれていくんですか。

宮川 :両方ですけど、先に画があるというのは非常に希でしたね。やっぱり最初は話し合いで、こういうのはこのマーケティングに必要だというところからスタートですね。

鹿島 :ジウジアーロさんは鬼才と言われていた方ですが、天才と言われるが故にプロデューサーの宮川さんがすごくご苦労されていたことはありますか。

宮川 :ありましたね。大変面白い例は、韓国のヒュンダイ。ヒュンダイは1972年から25年間も続けてお付き合いをしました。現在は世界第5位の生産量を誇りますが、黎明期は一週間に40台ほどフォードを組み立てているような会社でした。だからジウジアーロと一緒に韓国に行った時に、ソウルにはまだアメリカ式のホテルは2つしか無かった時代でした。彼は非常に不愉快というか腹を立てているような感じで、「どうしてこんな、自分のデザインのクオリティに合わないようなところに連れてきたんだ」みたいなのがありました。それで2日目の訪問スケジュールにタンカーのドライドッグを見学するのがありまして、これが十何万トンのタンカーで当時としては世界最大級だったんです。それを見て彼はすぐ、これは将来大変なインダストリーになると悟ったんです。それでようやくデザインを引き受けてくれることになったんです。色々ありましたね。

鹿島 :これが1970年代の前半ですか。

宮川 :そうですね、71年でしたね。

鹿島 :でもジウジアーロにしても宮川さんにしても、相当時代を先取りして色んなことをやられてきていますよね。

宮川 :そうですね(笑) 面白かった。

鹿島 :その発想の源は何だったんですか。

宮川 :とにかく舞台に乗せられたら踊らなくちゃいかんという、ダメもと精神だと思いますね。

鹿島 :素晴らしいですね。クルマはもちろんですけど、ニコンのカメラですとかSHOEIのヘルメット、オフィスで使うデスクなどクルマ以外の様々な工業製品も生み出されています。

宮川 :資生堂とかカネボウとか、ああいうボトルの類もやらせて頂いて。ソニーのテレビとか。非常にエンジョイアブルな関係を日本のインダストリーと持って、これは非常にラッキーでしたね。

鹿島 :一貫したポリシーですとか、会社の中にあるムード、社風はどういうものなんですか。

宮川 :非常にチャレンジ精神が旺盛ですね。ジウジアーロ自身が大変マジメな性格というか、普通ですと時間にルーズだったりするのですが、それは全く無いですね。朝8時にはちゃんとスタジオに出て仕事をしている。それは今もって変わらない態度ですね。

鹿島 :昔、ミナルディというF1チームのジャンニ・モルビデリというドライバーさんと親しくさせて頂いた時期があるんですけど、「うちのチームは昼時になってパスタのニオイがしてくると、タイヤ交換の途中でもそのまんまにしてパスタを食べに行ってしまって2時間戻ってこないんだよね」っていう話を鈴鹿で昔聞いたことがあるんですけどね(笑) どうしてもイタリアの方っていうと、そういうムードを感じてたんですけど違うんですね。

宮川 :違いますね。だいたいトリノの人っていうのは非常にマジメで、日本といい勝負じゃないですかね。

鹿島 :でもそういうジウジアーロさんの気質も宮川さんとすごくあったんですかね。

宮川 :どうですかね。まあ、大変な人物ですね。




小林可夢偉×パリ×うどん屋
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鹿島 :実は宮川秀之さんの息子さんが、F1元ドライバーのジャン・アレジ、サッカーのデルピエロ、そして現在は小林可夢偉選手のマネージャーを務められているマリオ宮川さんでいらっしゃるんですよね。

宮川 :ええ。マリオ宮川とフランチェスコ善次郎。フランチェスコ善次郎がサッカーの仕事を主にやっていて、我が家のF1男は長男のマリオです。

鹿島 :かなり長きに渡ってジャン・アレジのマネージメントをやられていましたよね。

宮川 :22年間ですか。

鹿島 :よく鈴鹿や色々なところでお見かけしました。すごい目立つんですよね。ある意味ドライバーさんより存在感がある、とってもお洒落で花のあるマネージャーさんで有名でした。

宮川 :去年のお正月に可夢偉くんとパリで息子が会っている時に私も呼ばれまして、パリの素敵なレストランにいるんだろうな〜と思って行ったら、うどん屋さんでした。

鹿島 :フフフ。可愛いですね。

宮川 :可夢偉というのは本当に実を取る人で、これから大いに期待されますね。

鹿島 :本当に昨年はものすごく活躍をして、世界中が認めるF1ドライバーに一気に上り詰めた感じがありますけど、今年もまた楽しみですね。

宮川 :そうですね。クビサなんかも非常に親しくてね。ポーカー仲間で子どもたちと一緒に。

鹿島 :そうなんですか。

宮川 :彼も大変な男ですけどね。

鹿島 :クビサ選手はプライベートではどんな雰囲気なんですか。

宮川 :真面目で、好青年ですよね。

鹿島 :すごくクレバーで冷静なイメージをいつも受けるんですけど。

宮川 :ええ。空港なんかに一緒に行くのにドライブしてもらったら、大変なテクニックで(笑)。

鹿島 :フフフ。

宮川 :スピードは厳守で(笑)。

鹿島 :本当に様々な方とのお付き合いを大事にしてらっしゃるんだな、というのが先ほどの可夢偉選手のうどんのエピソードでもよく伝わってきました。本当にお忙しい中ありがとうございました。

宮川 :どうも。

鹿島 :4月16日に公開されました、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で審査員賞と記者賞の2冠を達成している映画『ピンク・スバル』のエグゼクティ・プロデューサーを担当されていて来日されているわけですけど、またイタリアに戻られるのですか。

宮川 :はい。

鹿島 :基本的にはイタリアに?

宮川 :そうですね。

鹿島 :ぜひ私も今度イタリアに行った際には、オフィスを見学させて頂きたいんですけどよろしいでしょうか。

宮川 :はい。トリノのオフィスが非常に珍しい建物で、王政時代の王様とその友人がおいでになったという部屋もあるので非常に面白いと思います。トスカーナでしたら世界レベルの美味しいワインを味わってもらえると思います。ぜひ。

鹿島 :両方行かせて頂きたいと思います。

宮川 :お待ちしています。

鹿島 :本当にありがとうございました!






今週は先週に引き続きまして、
1960年代にカーデザインの鬼才ジウジアーロとイタルデザインを興し、
数々の名車を世に送り出してきた宮川秀之さんをお迎えしました。

ドライバーズサロン!
来週も素敵なゲストをお迎えしてお送りします。
お楽しみに!




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