Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

クラシックカーラリーをプロデュース!

(7月19日放送)
東儀秀樹

東儀秀樹

(とうぎひでき)

1959年東京生まれ。
東儀家は、奈良時代から今日まで1300年間雅楽を世襲してきた楽家。
父の仕事の関係で幼少期を海外で過ごし、あらゆるジャンルの音楽を吸収しながら成長。高校卒業後、宮内庁楽部へ。
篳篥(ひちりき)を主に、琵琶、鼓類、歌、舞、チェロを担当。
宮中儀式や皇居において行われる雅楽演奏会などに出演するほか、海外での公演にも参加、日本の伝統文化の紹介と国際親善の役割の一翼を担う。
その一方で、ピアノやシンセサイザーとともに雅楽の持ち味を生かした独自の曲の創作にも情熱を傾ける。

また、CM出演・曲担当の他、2008年にはNHK大河ドラマ「篤姫」、2009年にはTBSドラマ「MR.BRAIN」に出演するなど、活動の幅が広がっている。

クルマやオートバイへの造詣が深いことで知られ、近年はクラシックカーラリーへの出場の他、イベントそのもののプロデュースも行うなど、クルマシーンでも強力な影響力を持つ。

2009年7月、アルバム「地球よ、」をリリース。
8月より東儀秀樹全国ツアーfeat.古澤巌「地球よ、」を行う。

このコーナでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週は、クルマ、そしてオートバイを愛してやまないアーティスト、東儀秀樹さんをお迎えします。お楽しみ下さい。


本当の“大人の居場所”を
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鹿島 :本日も先週に引き続き、東儀秀樹さんです。よろしくお願いします。

東儀 :よろしくお願いします。

鹿島 :先週は本当に、話が全く尽きない状況でして。

東儀 :止まりませんでしたね。

鹿島 :本当に止まらなかったですし、ちょっと一部、マニアックになったところもあったんですが。

東儀 :まあ、そういう番組ですので。今週もフルに、隠された色んなお話をお伺いしていきたいと思います。

鹿島 :この番組には何度も登場して頂いているんですが、以前、カメラマンの桐島ローランドさんがお越しになった時に、ちょうど先日、東儀秀樹さんと、大阪を中心に行われたラ・フェスタ・プリマヴェーラというクラシックのビンテージカーのラリーに出たばっかりだというエピソードを伺いまして。

東儀 :あ、そうでしたか。

鹿島 :なんか、タイヤのトラブルさえ無ければ優勝していたかも知れないとか。

東儀 :うん、優勝してたかも知れないっていう数字でしたね。

鹿島 :ストップウォッチのボタンを桐島ローランドさんが押したそうで、「押す天才なんじゃないか」なんて話をしてましたけど。

東儀 :う…ん、まあ、押す天才というかね。まあ押すのは誰でも出来ると思うんだけど(笑) 。

鹿島 :フフフ。

東儀 :彼と僕は初めてのペアで、僕は自分が最初に出た時にそうだったから、あんまり心配することなく、楽しむことを優先させたいなと。すごくローリーはワクワクしているから、まあこのワクワクだけでも僕は満足だなと。結果はあんまり出なくてもいいやなんて思っていたんだけど、彼も結構ハマるタイプだったから。

鹿島 :そうですよね〜。

東儀 :それで僕はこう見えても、すっごい勝ち気で、やるんだったら絶対に上に行きたいと思ってやってたのが、程良かったんですよね。だけど、1レースで1台で3回パンクしたって信じられない。一生に1回そんなことがあるか無いかのような不運に見舞われて。結局ノーカウントになって。

鹿島 :残念でしたね。

東儀 :で、競技はやったんだけど、順位には関係ないよっていう状態で。ものすごく悔しかったですね。

鹿島 :また出られるわけですよね。

東儀 :同じペアで、今年の10月に行われる、ラ・フェスタ・ミッレミリアっていうのに出て、そこでリベンジしようと。それでその後に、僕が今まで色んなクラシックカーラリーを経験してきて、それでイタリアのミッレミリアも走ってきたんですけど、それで日本で、そのイタリアの世界一の美しいレースっていうものに肩を並べられるものを作ることは出来ないかと思って、自分で企画に回って、今年が第1回を迎えるんだけど『RALLY NIPPON(ラリーニッポン)』というものを立ち上げて、それも出るんですよ。それは東京の皇居周辺をスタートして、4日後に京都でゴールするっていう、ものすごくロマンティックなものなんですけどね。

鹿島 :何年式くらいまでのクルマが出られるんですか。

東儀 :60年代まで。だから69年まで。それで、その69年までに作られたモデルと同じモデルだったら、それが72年だろうが73年でも出られる。だから結構幅広く出られるんです。

鹿島 :何台くらい出るんですか。

東儀 :ええとね、80台くらいを想定しているんだけど、まあ60〜70台くらいになるんじゃないかと思っていますね。ぜひ出てください。

鹿島 :いやあ〜、興味はありますけどクルマが無いですよ!

東儀 :あのね、結構そういうマニアな人たちが、いっぱい1人で10台くらい持っていたりするから、そこに上手く話をつけて借りてきましょうよ(笑)。

鹿島 :よろしくお願いします(笑) 10月17日にスタート。

東儀 :はい。

鹿島 :これは、スタートシーンを観るのも、ラ・フェスタ・ミッレミリアもそうですけど、クルマも華やかですし、出られている方も素敵な方ばっかりで。

東儀 :大人の男たちがワクワクしている様子とか、子供、子供っていうのは大学生とか社会人になりたてとか、そういうレベルの人が、まだまだその先に憧れるような空気を持った年配の人たちの社交場でもあるような。それが僕は大切なんじゃないかなと思って。日本ってそういう、商品開発にしても番組作りにしても、テレビとか雑誌の内容にしても、ターゲットがみんな若い人たちに全部絞られていて、例えば高校生を喜ばせるにはどういう商品がいいかとか、それももちろん良いことなんだけど、それが多すぎちゃって大人たちの居場所、大人たちがデーンと構えてられる場所が薄くなっているのが寂しいなと思って。それでヨーロッパとか行くと「君たちの来るところじゃないから」って平気で追っ払われるような、それで追っ払われた側が「いつかは俺もあそこに行きたいぞ」っていうワクワク感がまた育つっていうね、そういうのを日本にもっと守りたいなと思って。ちょっと頑張ってみたいなと。

鹿島 :フフフ。

東儀 :だから、僕なんか今年の10月に50歳になるんだけど、50歳の僕でもそういう世界ではまだまだ下っ端な感じがするっていうのは、ちょっとありがたいなと思って(笑)。

鹿島 :でもプロデュースをしながら自分で走る、ちょっと大変そうですね。

東儀 :大変だけど、1人でプロデュースしているわけじゃないので。事務局の仲間がいっぱいいて、それで財団を立ち上げて、ユネスコが絡んできて。東京から京都の間の、例えば岐阜の白川郷とか、その前の日本平とか京都や、奈良の東大寺や薬師寺とか、そういうところを練り走るんですよ。だからそこでは通過するだけじゃなくて、ちゃんと降りて一息入れて、景色や歴史観を楽しんで世界遺産について考える。結局それは、地球規模でエコロジーなことを考えるきっかけにもなるんじゃないかっていう、そういうものを盛り込んだラリーにしたいなと思っていますね。

鹿島 :いや〜、これはでも、初年度から飛ばしてますね(笑)。

東儀 :フフ、もうね、頑張って日本一にしたいと思っています。




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