Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

クルマへのあふれる想い

(1月11日放送)
稲垣潤一

稲垣潤一

(いながき じゅんいち)

1953年7月9日生/仙台市出身。
中学時代から本格的なバンド活動を始める。
高校卒業後、ライブハウス、ディスコ、米軍キャンプなど様々な場所でライブ活動をする中、ドラムを叩きながらのボーカルというスタイルで注目を浴び、1982年「雨のリグレット」でデビュー。
「ドラマティック・レイン」(1982)や「夏のクラクション」(1983)「クリスマスキャロルの頃には」(1992) 他、数々のヒット曲で日本を代表するAORシンガーとしての地位を確立。
コンサート回数も現在では2000本を超えている。

このコーナでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週のゲストは、レース経験も豊富なクルマを愛してやまないアーティスト、デビュー27周年に突入、昨年末に続いてのご登場です。稲垣潤一さんをお迎えしてお送りします。じっくりお楽しみ下さい。


チャンピオンチームで走って
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鹿島 :新年一回目のゲストは、稲垣潤一さんです。

稲垣 :明けましておめでとうございます。

鹿島 :おめでとうございます。昨年末はものすごいクルマトークでありがとうございました。

稲垣 :いえいえ。

鹿島 :今年もさっそく、稲垣さんのカーライフに迫って行きたいと思うんですけど、昨年、朝日新聞に稲垣さんがお出になっていて、クルマやサーキットをテーマにした記事でして、富士スピードウェイのグランドスタンドに座ってらっしゃる写真だと思うんですけど。

稲垣 :そうですね。あれはね、10月か11月くらいに富士に行ったんですけど、富士がリニューアルして初めて行ったんですけど、前と全然変わっちゃったので、あれ?これはどこ行ったらいいの? っていうくらい変わってますよね。以前と全然違うから。

鹿島 :もう何から何まで違いますね。

稲垣 :全然分からないままクルマで入っていってですね、スタッフとかカメラマンの皆さんと。それで、どこで撮影しようかってことになって、グランドスタンドで撮影をして、そのあと、カフェがありますよね、そこで皆さんでお茶をのみながら取材ってことだったんですけど、ビックリしましたよ、本当に。何年かぶりに行ったので。昔は言っちゃ悪いけど食堂みたいなのしか無かったじゃないですか(笑)。

鹿島 :アハハ! だって、ウドンとかカレーくらいしか無かったですよね。

稲垣 :ねえ。何か、食券買って食べるみたいな、そういうお店だったよね。着替え場所も無くて。

鹿島 :無かったですね。

稲垣 :食堂なんかの隅っこみたいなところで着替えたりしてたもんね(笑)。

鹿島 :当時、ナントカサロン、ドライバーズサロンみたいな。

稲垣 :“サロン”なんだ。

鹿島 :当時は呼んでましたよね。

稲垣 :すごい変わりました。

鹿島 :ああいう部分、それからスタンドもとにかく大きくなって、屋根も半分ついてますし快適になりましたね。あと大きいのは最終コーナー。稲垣さんがレースをやられていた頃は、最終コーナーは最後のコーナーを立ち上がるととにかく全開で、2速、3速、4速、5速くらいまで入っちゃって、ものすごいスピードで立ち上がっていましたけど、それが、クネクネ曲がったコースに変わりましてね、ですから安全面は非常に向上しました。

稲垣 :そうですか。

鹿島 :昔のダイナミックなコースを知っている古株のドライバーですとか、我々も、ちょっとトップスピードが落ちたなんていう印象が。

稲垣 :だからF1クラスだとちょうどいいのかも知れないけど、そうじゃないクラスの人はちょっと物足りないっていう部分が。

鹿島 :ありますね。ただそこは今度は、テクニックが要求されるようになって、車速を落とさず、スピードを落とさずに立ち上がっていくと。最後に稲垣さんが富士スピードウェイでレースをされたのはいつ頃だったんでしょう。

稲垣 :9年くらい前になるんですかね。そのアルテッツァのレースで走って以来ですよね。

鹿島 :ああ、あの時以来ですか。

稲垣 :だから走行会とかね、たまに走りたいなって思うんですけど走っていないです。

鹿島 :どうですか、久々に富士スピードウェイに行ったら?

稲垣 :いや、走りたくなりましたよ。

鹿島 :その時は時間が無かったんですか。

稲垣 :時間が無かったし、ええ、走れなかった…。

鹿島 :今年、どうですか富士スピードウェイ。

稲垣 :行きたいですね。誘って下さいよ(笑)。

鹿島 :本当にお誘いします。稲垣さんにとっては、サーキットを走ること、いわゆる非日常的な、一方通行で何キロ出しても怒られない、あのサーキットを走ることって言うのはどんな意味を持っているんですか。

稲垣 :あのね、例えとして、野球が好きな人はテレビを観ているよりも草野球のチームを持って試合をしたほうが全然楽しいでしょ。それと一緒だと思うんですよ。だからモータースポーツが好きな人は、峠を走るのももちろんいいんですけど、やはり究極はサーキットなんですよね。だからそれに近いと思う僕は。東儀秀樹さんっていう方がいますよね。彼もクルマ好きでバイク好きで、ミッレミリアで初めて参加して優勝したっていう。以前に一度お会いしたことがあって、僕はサーキット走ると疲れないんですっていう話をしたのね。アドレナリンも大爆発な感じで、ほとんど寝ないで朝早く行って、結構疲れてヘトヘトになって帰ってくるんですけど、疲れたっていう感じがしないっていう話をしたらね、東儀さんも「あ、一緒です、僕も」って言ってたんですけど、そのくらいやっぱりサーキットで走る心地よさってありますよね。

鹿島 :ゴルフのレースをやられたり、アルテッツァのレースも出られましたけど、稲垣さんのベストレース、これが今までの中で最高だったっていうのは。

稲垣 :ベストレースはやっぱり、FFのゴルフの思い出が多いですよね。耐久とかやって。初代のチャンピオンの加藤さんっていう方がいて、知ってるかどうかは分かんないんですけど、何か六本木か何かでラーメン屋さんやってるんですけど。

鹿島 :そうなんですか(笑)。

稲垣 :いや、今は分かんないよ、当時はね。その加藤さんと一緒に僕は耐久を走ったことがあったんですよ。で、やっぱりセッティングの上手い人って速いじゃないですか。速い人ってセッティングが上手い。それで俺、全然セッティングとか分かんなくって、本当に本能の赴くままに走るような人だったので、加藤さんのセッティングってすごく走り易いんですよ。座席も低いしね。何これ低過ぎない? っていうくらい低いんだけど、全部そこも考えて加藤さんがちゃんとセッティングしたクルマで走って、そこそこタイムも出て。やっぱり違うなって思いましたね、そのシリーズ初代チャンピオンを獲った方はセッティングが違うわと思いました。

鹿島 :でも、いい思い出といい経験ですよね。

稲垣 :ワンメイクレースを走って、いいなって思ったのは、自分の仮想敵っていうのを作って、そのクルマの後ろを走っていくとタイムが上がっていくじゃないですか。それがいいですよね。ワンメイクじゃない、色んなクルマが混走していると、自分のレベルも分かんないし、誰を目標にして走ったらいいか分からなかったりするけど、ワンメイクって自分と同じようなレベルなんだけどちょっと高い人にくっついていくと、走りも盗めるし、タイム向上につながるという。

鹿島 :醍醐味ですよね。同じ道具を使っていますから。

稲垣 :そう。僕はそれで行ってました、いつも。だから、あの何番っていうクルマが来たら、それにとにかくついていくっていう。

鹿島 :何か、手に汗握ってきますよね。思い出します。

稲垣 :ね。思い出すね。

鹿島 :その当時にラーメン屋さんをやられていたっていう加藤さん、いわゆるチャンピオンと一緒に組んだっていう思い出は、F1で若手ドライバーがミハエル・シューマッハがいるチームに行った途端、タイムが上がったり。

稲垣 :まあレベルはかなり違うけど(笑)。

鹿島 :トップチームやトップドライバーのシートに一緒に座ったっていうのは、いいなと思います。




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ハミルトンよりアロンソが好き