Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

美貌の国際派レーシングドライバー登場!

(10月14日放送)
武田 架奈美

武田 架奈美

 (たけだかなみ)

富士フレッシュマン・レビン/トレノでレースデビュー。その後FJ1600やフォーミュラ隼を乗り継ぎ、2002年から海外レースを中心に参戦。2003年からハイブリッドカーでレースを始め、2005年にはレクサスRX400h(ハイブリッドカー)で、ドイツ・ニュルブルクリンク24時間耐久レースに出場し完走を果たす。
世界初、総出走225台/総合79位/S1(環境)クラス13位の成績で、モータースポーツの歴史をぬりかえ話題に。
また、今年は自動車メーカーの社員ドライバーによる異色のチームにジョイントしてアルテッツァで同レースを完走した。

このコーナでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週は、2005年、今年と世界をを代表する耐久レースのひとつ、ニュルブルクリンク24時間に出場するなど国内外で活躍されているレーシングドライバーの武田架奈美さんをお迎えします。。


いつもクルマの下にもぐりこんでいました。
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鹿島 :今週のゲストは、レーシングドライバーの武田架奈美さんです。よろしくお願いします。

武田 :よろしくお願いします。

鹿島 :本当に、“美貌のレーシングドライバー登場”って感じですよね。

武田 :いやいや、とんでもないです。

鹿島 :武田さんは、我々レーシング業界では有名な方で。と言いますのは2005年にハイブリッドカーの、北米版のハリヤー、正式名称はアメリカではRX400Hという名前なんですけども、形は日本でおなじみのハリヤー。

武田 :そうですね。

鹿島 :そのスタイルでシステムがハイブリッドというクルマで、ニュルブルクリンク24時間耐久レースに出場して完走を果たして。これは世界的にニュースになりましたよね。

武田 :そうですね。世界でも正式なレースとして決勝を走って、耐久の24時間を走りきったという結果を残したのは世界的にも確か初めてのことだと思います。

鹿島 :武田さんが元々、レーシングドライバーへの道を歩みはじめたきっかけは何ですか。

武田 :きっかけはですね、元々クルマがすっごく好きな小娘で(笑)。

鹿島 :フフフ。

武田 :4歳くらいのころからクルマがなぜか大好きだったんですね。それで大型のトレーラーとかを運転したかったんですよ。レースとは全然かけ離れているんですけど、亡くなった父親が大型の長距離のトラックの運転手をやっていたんですね。それでいつも助手席に私を乗せて、日本全国津々浦々を走っていたんですよ。それでおそらくその影響じゃないかなと思うんですけど、早いクルマよりも大きいクルマが好きだったんですよ。ちょっと変わった子供でしたね。

鹿島 :はじめてのレースはどういうレースだったんですか。

武田 :富士フレッシュマンレースっていう入門レースがありまして、その中のレビン・トレノレースですね。トヨタのAE86と呼ばれている名車です。あれのワンメイクレースに出たのが最初です。

鹿島 :どうでした? 最初のレースは。

武田 :とにかくあの当時は入門レースへの参加台数が非常に多くて。私の出たそのカテゴリーも1クラス36台で決勝を争うんですけど、それまでに予選落ちがそれの倍ありましたね。さらに受理されない“受理落ち”というのまで発生しているくらいかなり台数の多い時期だったんですね。それが3クラスあるという。A・B・Cの3クラス。かなり多い台数の中でのレースで、最高順位は7位でした。

鹿島 :おおーっ素晴らしいですね!

武田 :いやいや。

鹿島 :当時、フレッシュマンレースの、トレノ・レビン86からは実際に本当にプロになったドライバーも多いですよね。

武田 :多くいらっしゃるんですよね。私の周りにもその当時の話で未だに盛り上がることも多いですね。

鹿島 :それから色んなクルマに乗られていると思うんですけど、いま思い起こして忘れられないレース、一番印象に残っているレースって何ですか。

武田 :ええと、たった1戦だけ出ることができたFJ1600。フォーミュラの入門レースがあるんですけど、F1の小っちゃいような、羽根を取っちゃったようなマシンのレースがありまして。それに出たことですね。練習自体は・・・本当に私は貧乏だったので、その当時はスポンサーもついていないし。だから自分でトラックを運転しては東北のほうへ行ったり、鈴鹿のほうに行ったり走り回って練習をして。それこそレーシングスーツのポケットには六角レンチが入ったまんま走っているみたいな(笑)。

鹿島 :フフフ。

武田 :もうメカニックの方を雇うお金も無く…。貧乏だったんです。

鹿島 :うわっ!? そうだったんですか?

武田 :ハイ。

鹿島 :自分でやってたんすか?

武田 :86(フレッシュマンレース)の頃からずっとそうだったんです。だから先ほどの話じゃないですけど、今、86からプロに転向された方たちの、当時の私の印象は「いつもクルマの下にいたね」って。

鹿島 :アハハ! もぐりこんで整備してたわけですね!

武田 :「もぐりこんでたね」っていつも言われますね。

鹿島 :いやあ、カッコいいです。

武田 :いやいや(笑)。

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猫も杓子もモンスターマシンも。