Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

折れない心で単身イギリスへ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

鹿島 :1980年代に、イギリスに単身乗り込む。当時そういうことをやっている人は身の回りにいなかったと思うんですよ。

田中 :あー、そうですね。ただ一部にはいましたよ。例えば黒澤琢弥選手なんかも1年間は一緒でしたし、他の選手も何人か一緒にいましたし。ただまあ4年という長い時間であったり、まあ僕は本当に向こうに骨を埋めるくらいの覚悟で行ってましたんで、そういう意味ではあまりたくさんはいなかったかも知れないですね。

鹿島 :色んないい思い出もあれば、非常に苦労されたり揉まれたりとあったと思います。振り返ってどうですか。

田中 :まあね、苦労はレースしていて一度も無い。僕の中で苦労に値するものは無いと思うんですが、思い出の中ですごく今でも強烈に覚えているのは、飛行機に成田から乗った時に、元々ヨーロッパ・イギリスでレースがしたいっていう気持ちが強かったんですが、なかなかお金が集まらなくて半年くらい行けなかったんですね。6月のレースが最初でしたから5月くらいまで渡英できなくて。日本で色んなスポンサー活動したりとか、あとはテレビでドキュメント番組を作って頂いて協賛して頂いたりとか。色んなところからお金を出し合って頂いて。最後はTOM’Sの舘会長が「金貸してやるから行って来い!」みたいな話になってですね。

鹿島 :
ほー!

田中 :
それでヨーロッパに、イギリスに行けるってなった時に、飛行機に乗って、飛んで2時間くらい僕は号泣していましたね。


鹿島 :うわーー!!

田中 :はい。でも今でもそのことを思い出すと自分でもウルウルしちゃうんですけど。泣いている理由がちょっと違うというか変わっているというか。

鹿島 :え? と言いますと。

田中 :例えば、頑張ろうとか悲しいとか。僕は悲しいことで泣けない人なんですよ。全然泣けないんですね。一所懸命な状況で泣けちゃうタイプなんですよ。だから絶対に向こうで成功しようっていう気持ちと、フォーミュラ・フォードってすごい危ないんですよ。年間シリーズで3人くらい死んじゃうんですよ、本当に。それで毎レースで10台くらいはクラッシュしたり縦回りしたりっていう超過激じゃないですか。だから本当にスタート40台でゴールは19台とか20台とか。そういうカテゴリなのでそれに対しての恐怖とか、親に対してすごく悪いなっていう謝罪だとか。絶対に死ぬまで帰ってこないというか、成功するまで帰ってこないという決意であるとか、そういう部分ですごく泣けたっていうのがね。泣くと人間ってリセットされるじゃないですか。だからすごくそれでイギリスに初めて飛んでいくときに、ガキーンて、折れない心っていうの? 泣いているんだけど絶対折れない心みたいなのを持って行ったっていう記憶がありますね。

常にレーシングドライバーであれ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

鹿島 :
改めて22年間を振り返って、忘れられないエピソードって他にもあると思うんです。例えば人との出会いですとかそういった部分ていうのは何かありますか?

田中 :
人との出会いっていうのは、レーシングドライバーをやっている以上はですね、毎年新しいそれも強力な人との出会いが無いと続けていけないスポーツだと思うんですね。要するに、例えば応援して頂くスポンサーの方々にしてもそうだし、タイヤメーカーさんにしても全ての協賛メーカーの方々もそうだし。勝つためには勝つ道具がいりますよね。それで勝つ道具を提供してくれる人たちと出会い続けていないとやっぱり勝てないし良い成績を収められないっていうのがモータースポーツだと僕は思うので、人の出会いが途切れた時は乗れない時ですね。だから出会いがあり続ける状態が、乗り続けて頑張れるし成績も良い状態。それで人との出会いが少し途絶えてきたあたり、もしくは少なくなってきた段階で、やはりスポットでしか乗れないとかシリーズに乗れないっていう話になりますから。だから出会いっていうのはあり続けないといけないですし、逆に言えば出会いを求め続けなければいけないですし。出会えるだけのパワーがその人間にあり続けなければいけないのかなあという気がしますけどね。


鹿島 :そういう意味で言いますと、練習走行があってセッティングをどんどん詰めていって、それで予選があって、予選の結果が良かったり悪かったりっていうのがありまして、それで決勝レースがあるわけじゃないですか。そのクルマを運転して速く走る、他のクルマと戦うっていう部分もありながら、レーシングスーツを脱いで汗を拭いて着替えた後の“立ち振る舞い”っていうのも、ものすごく重要ですよね。

田中 :うん。立ち振る舞いっていう部分では、24時間レーシングドライバーじゃないとダメでしょうね。おそらく本当に寝ている時間も、全ての人、朝おはようっていう人たちから夜にサヨナラっていう人たち、1日100人なり200人の人たち。全てに対して発信していないと。人間ってサボっているとすぐに見られますし、例えば100のうち1サボっていると、その1を見た人には「あの人はいっつもサボっているんだ」とか「あの人はいつもいいかげんにしているんだ」って思われますんで。それは基本でしょうね。スポーツ選手とか、おそらくアーティスト系も全てそうだと思いますけど、成り上がるまでは人の応援が無いといけないですし、成り上がってからも人の応援があり続けないと、勝ち続けたり良い成績を収めることはできないですから。いつも見られているっていう自覚はいるでしょうね。

鹿島 :あともう一つあるのが、やっぱりそれだけトップのカテゴリで活躍されていると、当然ご自分のドライビングミスだけではなくて、例えばクルマのトラブルがあったりですとか、何かクルマのセットアップがチームサイドと上手くいかなかったりとか色んなシチュエーションってありますよね。だけどあんまりサーキットで例えばモノに当たったりですとか、何か暴言を吐いたりとかっていうシーンを見たことが無いですよね。

田中 :あー…。

鹿島 :たまにいらっしゃるじゃないですか、そういう方も(笑)。

田中 :あ! もう聴いている方の3割くらいは「絶対あの人だ」って分かっていると思います(笑)。

鹿島 :アハハハ! というかそれは悪気があるという話じゃなくて、本当にいてもたってもいられずその辺のバケツを蹴飛ばしちゃったら、それが思わぬところまで飛んでいって後で拾いに行っている人とか見たことがありますけど(笑)。

田中 :アハハ!

鹿島 :そういう気持ちってありますよね、どんな仕事でも。自分の机をガシャーンって閉めてみたりとか。

田中 :ありますね。

鹿島 :でも実さんは無いですよね。

田中 :おそらく僕のポリシーの一つに、何が起こっても自分の中で受け入れるっていうことがあるんですね。受け入れる人間って、僕は強いと思います。受け入れられなくって何か他のもののせいにした時に、何か止まるような気がするんで。僕は飲み込まれない自信があるから受け入れることが出来ると今でも思っていますんで、だからそれは受け入れようと思いますし。スクールなんかでも、起こったことを受け入れる勇気は持ってねっていう話はしていますけど。

鹿島 :
なるほど。“受け入れる”。

田中 :
受け入れるということですね。僕はこれは、そんなに大昔から知っていたことではないんですが、今の若い子たちも受け入れるっていう本当の勇気を分かったらもっと強くなれると僕は思います。


鹿島 :本当に今後も色んなご活躍を。そしてまた若手をドンドン育てて頂いて。

田中 :そうですね。

鹿島 :本当にありがとうございました。

田中 :こちらこそです。

今週のゲストは1985年にレースデビュー、
国内外のレースシーンで活躍後、昨年現役を引退。
フォーミュラ・トヨタ・レーシングスクールの主任講師
として若手育成に尽力されている田中実さんでした。

ドライバーズサロン! 来週もお楽しみに!




back page home