Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

エレキの神様に、時代がやっと追いついた。

(10月22日放送)
寺内タケシ 寺内タケシ

5歳にして母の三味線にあわせてギターを弾き、また子供ながら電話のコイルをクラシックギターに取り付けてエレキギターを製作。これがエレキ人生の始まりとなった。大学時代にプロ活動を開始、様々な音楽活動ののち昭和37年夏”寺内タケシとブルージーンズ”を結成、エレキブームの仕掛人となり「エレキの若大将」等映画にも出演した。ヒット曲に「レッツゴー運命」「津軽じょんがら節」など多数があり、世界中のエレキファンから”エレキの神様”として尊敬されている。またエレキの証明のために始めた”ハイスクールコンサート”は平成11年実施1000校に達し、その功績に対し平成12年4月スポニチ文化芸術大賞を受賞、同5月には中曽根文部大臣(当時)から感謝状を授与された。平成15年度、ハイスクールコンサート30周年記念公演は芸術祭に参加。また平成16年12月エレキギターでの優れた演奏と青少年の情操教育への貢献が認められ 文化庁長官より長官表彰を受けた。

http://www.teraon.co.jp/terry/

このコーナでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

先週に引き続き、1963年に「寺内タケシとブルージーンズ」を結成。以来ギターを愛し、奏で続けている“エレキの神様”寺内タケシさんをお迎えします。お楽しみ下さい。


5歳のタケシ、世界初のエレキギターを発明。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

鹿島 :今週もゲストは寺内タケシさんです。

寺内 :よろしくどうぞ、寺内タケシでございます。

鹿島 :5歳の時にギターを初めて手にされて、その後になんと、世界初のエレキギターを開発してしまったというエピソードを目にしたことがあるんですけど。

寺内 :あのね、その5歳のときっていうのはね、戦争中だったの、まだ。ちょうど戦争に負けた年だね。昭和20年の5歳のとき。ちょうどその時に兄が特攻隊の教官をやっていたの。それで兵隊さんに行くので、質流れで買ってきたけっこういいギターなのよ、スペイン製の。それを置いていったの。それで「おまえこれ、開けたら殺すぞ」って言われたの。それで「ばんざーい!」って出征していったのよ。で、うちに帰って即開けたよね。

鹿島 :フフフ。

寺内 :ボローンって鳴らしたら、いい音するんだなこれが。それで教わる人がいないからね、うちのおふくろが三味線の名人だったと言うか小唄の家元なんですよ。日本一なの。

鹿島 :へえーっ!

寺内 :だからお母さんの三味線は3本、こっちは6本。別に100本も違うわけじゃねえだろと。その日のうちに手をついて入門するんです。そしたらば一言目に「タケシ、芸事やるなら決して弱音を吐かないで最後までやりとおせ、そうすれば母さん教えてやる」と。その日のうちにもう、“靴の脱ぎ方が悪い”“座り方が悪い”“背筋が伸びてない”って言って、こんな長いものさしでビシーって殴られる。仏のような母親が鬼に変わっちゃったのよ。でもまあなんとか、ああそうかこうやってやれば弾けるんだ、こうやれば音が出るんだなって。そのうちにね、紅葉のような手、白魚のような手って言われていたのが破けちゃうんだよ。肉が飛び散って最後は白い骨まで出てきたからね。痛くて痛くて震えながらお母さんに、もう手が千切れそうに痛いんだってピーピー泣いていると、「そんなに泣くぐらいならすぐやめろ」って。「もしそれでもやりたいんならその指をこっちに出せ」って言って、塩の壺に中に漬けられた!グサって。

鹿島 :
ええっ!

寺内 :痛かったよー。震えたね。

鹿島 :いやもう、聞いただけでちょっと…。

寺内 :うん。それで手にタコが出来てくるんだ。だからタコだらけだ、僕なんかね。それでとにかく、そうだなあ、一緒にたまには機嫌の良い時にね、ドライバーなんかでもそうでしょ、お父さんと一緒に乗ろうよみたいのあるじゃない。お父さんがこっち乗るからお前は向こう乗んな、みたいな。足漕ぎの遊園地のやつあるじゃない。あんな感じだね。それで一緒に演奏させてもらうと、三味線の音はやたら大きいの。ギターの音は血だらけになって弾いても追いつかないの。そうか、速いクルマと遅いクルマをイーブンにするには遅いクルマを速くすればいいんだよと。速いクルマは遅くならないからね。三味線はブレーキだとかそんなのついていないんだから。それでうちは電気屋もやっておりまして、いろいろやってて、マイクを入れてみたんです、こんな大きなカーボンマイク。

鹿島 :カーボンマイク。

寺内 :そう。それで鳴らしたんだけど、アコースティックドームの中って反響するんだね。ウォーンって。反響してハウリングの音だけになってしまう。クリスタルマイクとかどんなマイクを使ってもダメ。鉄に関係あるもの、鉄に関係あるもの、鉄に関係あるもの…って、夜寝ても夢の中にそれが出てきてね、3週間くらい寝てて飛び起きたの。鉄に関係あるもの、それは磁石だよ。

鹿島 :ほほーっ!

寺内 :じゃあ磁石で音に関係あるものをうちで探し回ったらあった! その頃の電話は今の電話より便利だよ。ガーっと回す手漕ぎの電話。その電話の受話器の方に2つのコイルが入っている。それを6つ並べてギターのマイクを作った。これが今から62年前、日本で初めて。新聞社が調べたら世界で初めてだったんだ。「なんで寺西さん、特許取らなかったの」って色んな人に言われたよ。冗談じゃねえよ、5歳の子供に特許なんていう字は読めっこねえじゃねえかって。

鹿島 :どんな音が出るんですか。

寺内 :いい音がするよ。とっても素直な音がするね。

鹿島 :それをライブで弾かれたりとかは?

寺内 :しないよ、弾きづらくて弾けねえよそんなもん。

鹿島 :聴いてみたいですね。

寺内 :それは昔のT型フォードでレースに出ようっていうのと同じだよ。

鹿島 :でもそれだけ単体で音を聴いてみたいですね。

寺内 :それだったらいいよ。そのうちね。大事なギターだから。

鹿島 :楽しみです。



next page
大人を信じられない若者のために…