Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

 12通の手紙を見知らぬ街へ届ける旅。
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鹿島 :それから何日後、何ヵ月後くらいに実際アメリカ大陸に行くまでの準備をされたんですか。

ニシカワ :えっと、2000年の暮れに辞表を出して3ヵ月くらい準備と称してオートバイ乗り回したり、あるいは短期でアメリカ行ったりとかして。そして3月の末に出たのかな。まだ寒かったですけどね。

鹿島 :どこから走り始めたんですか。

ニシカワ :ロスからスタートしてニューヨークを目指して走りましたね。ただ走るのもロマンチックでいいかなって思ったんですけど、企画を2つ考えて。1つは、ホームページを立ち上げたんですよ、出かける前に。それでノートパソコンを持って、走りながら旅の模様を更新しましょうと。

鹿島 :はっはー。

ニシカワ :今みたいにブログとか無かったんで、結構大掛かりだったですけどね。

鹿島 :
これ、2001年の3月ってことですか。

ニシカワ :
そういうことですね。


鹿島 :でもその頃ってどうなんですかね、まだあんまりそういう、個人的に日々の情報をアップデートしたりっていうもの、まだ…。

ニシカワ :はしりですね。

鹿島 :はしりの頃でしたよね。

ニシカワ :個人のホームページは少なかったと思いますね。だから実際に走り出してからの話ですけど、毎日アクセスカウンターがどんどん増えて行くんですよ。最後は1日で1000近くアクセスがあって、ああみんなこんな珍道中を面白がって見てるんだなーなんて思ってましたけどね。

鹿島 :すごいですね。

ニシカワ :本当はキャンプ旅行したかったんですけど、モーテルの電話を使って通信をしたかったんでわりと贅沢に。それでも安モーテルですけどね。あともう1つは、やっぱりあまりにも長いじゃないですか、距離が。だから何か目的が欲しい。そこで、アメリカに友達とか家族とかいない? って周りの友人に聞いて回って、手紙を預かってバイク便をやったんですよ。

鹿島 :すごい! 夢がありますねー!

ニシカワ :なんですけどね、走り始めてわりとすぐに、とんでもないことを初めてしまったなって後悔しましたね。

鹿島 :フフフ、絶対に行かないとダメですもんね。

ニシカワ :ええ。結局、地図をたどっていくとめちゃめちゃジグザグに走らないとダメなんですよ、届けられないんですよね。

鹿島 :アハハハ!

ニシカワ :なので結局ものすごい時間をかけてニューヨークまで行くことになっちゃったんですけどね。

鹿島 :ちなみに何名分くらいのお手紙を?

ニシカワ :ええと、確か12通だったですね。

鹿島 :うわー。じゃあ12の街に行っているわけですよね。

ニシカワ :ええ。面白かったですね。

鹿島 :
でも受け取った人たちは喜ぶでしょうね。

ニシカワ :
「ホントに来たのか」ってね。


鹿島 :フフフ…。

ニシカワ :特に届け先がアメリカ人だったりすると、やっぱりずいぶん歓迎されましたね。結局、見ず知らずの街で 見ず知らずの人に会うんだけど、友達を介しているから、普通だったら絶対に行かないような所に行けて、絶対に知り合えないような人と知り合えるわけじゃないですか。それでアメリカ人でも退役軍人の方がいらっしゃったりとか、日本人でも向こうで活躍しているクリエーターがいたりとか。ずいぶん得がたい経験をして、だから今でも連絡をとっている人は多いですね、その時知り合った人とは。はい。

鹿島 :実はきょう、BGMとして後ろで流しているCDがあるんですけど、これはガオ・ニシカワさんにお持ち頂いたもの。この方もアメリカで知り合った?

ニシカワ :そうですね、友達の紹介だったんですけど「シカゴで頑張っている建築家がいるから」って紹介されて行ったら、昼間は建築家で夜はミュージシャンみたいな男で、ケン内田っていうんですけど。昨年日本に戻ってきて今は日本で活動しているんですけど、すごくセンスのある男で。彼と出会えたのもこの旅があったからなのでね。ええ、大変いい経験でしたね。

鹿島 :いやいや、最終的に何ヵ月後に戻ってきたんですか。

ニシカワ :約1ヶ月半後ですかね。


僕の“週末レーサー”時代。
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鹿島 :ニシカワさんは学生時代にレーサーだったっていうウワサを聞きました。

ニシカワ :いやいやいや、もうサンデーレーサーもいいとこで。

鹿島 :まさに週末レーサーってやつですよね。

ニシカワ :そうですね。

鹿島 :でも学生時代にレースなんて、いいじゃないですか

ニシカワ :でもね、実際のところ学生時代は今みたいにヴィッツのレースみたいなのは無かったので。ナンバーつきのクルマで出られるっていうので一番一所懸命やっていたのはジム・カーナ。それでサーキットレースをやれるようになったのは、学校を卒業して自分で稼ぐようになってからですね。

鹿島 :
じゃあ、某企業にお勤めの時は、月〜金で働いて土日はレース。

ニシカワ :
結構そういう時はありましたね。それで普通にやっていればいいんですけど、あまり上手じゃないのでクルマを壊しちゃったりするんですよね。そうするといらないお金が掛かるもので、結局お昼代とかね、夜ちょっと楽しいところへ行くようなコストを削ってクルマにかけていた時期っていうのは20代の頃にありましたね。


鹿島 :何年くらいやられてたんですか。

ニシカワ :まあちゃんとシリーズを追っかけたりしていないスポット参戦なので、正味2年間スポットでぽつぽつって感じでしたね。

鹿島 :振り返ってどうですか、お昼代やデート代をクルマに投入していた、それで週末レーサーをやっていた時代って。

ニシカワ :すごい楽しかったなって。実はこの間ヴィッツのレースを初めて拝見しに伺って。

鹿島 :富士スピードウェイで。

ニシカワ :ええ。みなさんがすごい楽しそうにしているのを見て、久しぶりにその時の感覚がよみがえりましたね。やりたいです、また(笑)。

鹿島 :フリーマガジン、アメリカンテイストが非常に漂うフリーマガジンを出されていますね。

ニシカワ :はい。

鹿島 :『ON THE ROAD MAGAZINE』。これは色んなところに置かれているようですが。

ニシカワ :結局、スタート段階から全然経費の計算もしないでスタートを切って、とりあえずわけも分からず何の根拠も無く2000部作って、それを自分の知っている店とかよく行っている店に、こんなもの作っちゃったんですけど置いてくださいって、置いて回っていたところからスタートしているんで。今もその形態と変わっていないんですよね。今は1万部になっているんですけど、形態は変わっていないですね。発送は友達とか家族に手伝ってもらって、我が家からやっているもんですから、まあどこに届いているのか全部把握している状態なのでおそらく大事に楽しく読んでくれそうな方には確実に届いているんじゃないかなっていう風に思いますけど。

鹿島 :次はいつ出るんですか。

ニシカワ :次は9月末ごろを予定しておりまして、実は鹿島さんとこんなご縁も出来たのでインタビューをお願いして、鹿島さんにも紙面にドドンと登場して頂く予定なんですよね(笑)。

鹿島 :よろしくお願いします。

ニシカワ :よろしくお願いします。

鹿島 :『ON THE ROAD MAGAZINE』の公式ウェブサイトがありますので、アドレスをお伝えしておきます。ontheroad.jp そのままなんですが(笑) ここに全国の配布場所ですとか色んな情報が出ています。

ニシカワ :そうですね。

鹿島 :
きょうはTシャツも、限定枚数しかないTシャツも頂いたので、これは番組プレゼントで使わせて頂きます。

ニシカワ :
ぜひよろしくお願いします。


鹿島 :本当にこのまま行くと、我々は次の番組まで割り込んでしまいそうなくらい盛り上がってしまいましたけども。

ニシカワ :すいません、話が長くて。

鹿島 :いえいえ。これは第1弾ということで、またお越し頂いてお話をお伺いできればと思います。ありがとうございます。

ニシカワ :ぜひ。ありがとうございました。

今週は、大手企業のクリエーターを経て
イラストレーターとして独立。
アメリカンテイストのフリーマガジン
『ON THE ROAD MAGAZINE』の発行人も務める
ガオ・ニシカワさんをお迎えしました。

ドライバーズサロン!
来週も素敵なゲストをお迎えしてお送りします。
お楽しみに!




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