Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

フランス外務省のプレスカードで世界を駆ける!

(6月5日放送)
野口友莉 野口友莉
(のぐち ゆり)

パリ在住ジャーナリスト。
1967年4月26日、東京生まれ。

大学卒業後に入社した企業でF-1チームや映画製作の広報として従事する傍ら、映画関係の執筆活動を開始。ジョニー・デップやジョン・トラボルタなどこれまで70名以上の映画スターや監督にインタビュー。1997年日本映画ペンクラブ会員に。1998年、単身渡仏。2001年、フランス外務省が発行するプレスカードを取得。自動車や映画関係を中心に日本の雑誌や新聞、サイト、ラジオ向けにフランス発でレポート。取材の場を欧州全体へ広げつつある。渡仏以降、ルマン24時間やパリ・ダカールなど国際レース時に欧州チームで日本人向けプレス担当者として活動することも。2005年4月にはモロッコの砂漠を8日間、2500kmを走破するという女性だけが参加できる“ラリー・アイシャ・デ・ガゼル”にチーム「カステルアラナ」として2度目の参戦を果たし、完走。

*ラリー・アイシャ・デ・ガゼル
www.rallyeaichadesgazelles.com
* 「HALANA」
http://www.hp.casteljapan.co.jp/public/halana/enter.html

<媒体例>
「Marie Claire Japon」「GQ Japan」「Tipo」「NAVI」「カーグラフィック」「4×4MAGAZINE」「CG別冊」「報知新聞」「東京中日スポーツ」「TV Bros」「Movie Gong」「BS fan」「フジサンケイ・ビジネスI」各種劇場用映画プログラムetc.

このコーナでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

先週に引き続き、F1チームや映画の広報として活躍する一方で映画のライターとして執筆活動をスタート。98年にフランスへ、2001年にはフランス外務省が発行するプレスカードを取得。クルマや映画関係を中心にライターとして活躍されている野口友莉さんをお迎えします。お楽しみ下さい。



初レース体験はバルセロナのF1。
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鹿島 :ゲストは先週に引き続きまして野口友莉さんです。よろしくお願いします。

野口 :よろしくお願いいたします。

鹿島 :先週は、女性だけが参加できるガゼルラリーのお話をお伺いしまして、砂漠の景色が見えたなーという感じでした。野口友莉さんは本当に色んなシーンでご活躍ですが、F1チームの広報としてのF1としての関わりっていうのはどういう内容だったんですか。

野口 :当時は大学を卒業したばかりで会長室広報として配属されて、その中で1スタッフとして様子を見させて頂いていました。ですので実際にはサーキットは鈴鹿やオーストラリア、スペインなど何戦かは一緒に行かせて頂いたという形ですね。

鹿島 :これは何年くらいですか?

野口 :その会社は91年から93年ですね。

鹿島 :というとまさにアラン・プロストやアイルトン・セナ、鈴木亜久里さんが現役だった頃ですね。当時のF1って今のF1と違った面もあったと思うんですが、初めて観た海外のF1ってどこだったんですか。

野口 :本当に生まれて初めて行ったサーキットが、スペインのバルセロナのF1サーキットだったんですよ。

鹿島 :生まれて初めてのレースが(笑)どんな印象が?

野口 :その時は本戦まではいなかったと思うんですが、やはりエンジン音の凄さですよね。もちろんピットの中にいましたから、本当に耳が張り裂けるというか。全身で音っていうのは振動なんだなっていうのを実感できたというのが一番の印象ですね。

鹿島 :あれは生で感じないと。なかなかテレビのスピーカーでは伝わりませんからね。

野口 :そうですよね。

鹿島 :その他にはフランスの伝統のレース、ル・マン24時間耐久レースにもお仕事で関わったとか?

野口 :99年ですかね。アウディのチームが初めてワークスとしてル・マン24時間に参戦する際に、各国のプレスリリースを用意するというので日本語の担当を私がしたんですね。日本のプレスが沢山来ますので、その対応や日本語プレスリリースを担当するということで関わりました。

鹿島 :ル・マン24時間耐久レースは、F1やアメリカのインディとはまた違いますよね。伝統がありますし、国や地域が一体になってイベントを守り支えている印象がありますが、お仕事で関わられてそういうシーンに触れることもあったんじゃないですか。

野口 :観客の方が色んな形で楽しまれているわけですよね。レースそのものを楽しまれている方もいらっしゃいますけれど、キャンピングカーで来てバーベキューをしていたりピクニック気分の人もいるんですよ。そこではレースが見えないでしょって感じなんですが、それも一つのレースの楽しみ方であると。色んな形で色んな方が自分なりの楽しみ方をしているというのを凄く目の当たりにしました。

鹿島 :やはりル・マンに出たドライバーの方が、「夕方になるとバーベキューの匂いがクルマの中に入ってきて、ああいいなーと思うことがある」って言ってましたが、まさにそういう雰囲気ですね。


トラボルタのインタビューに遅刻!
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鹿島 :ところで、野口さんはフランス在住でクルマ関係はもちろん、映画のライターとして90年初頭に執筆活動をスタートされているということなんですが、映画の世界でも相当な方々に今までお会いになられているんじゃないですか。

野口 :海外の映画祭などで、インタビューなどをもろもろいたしました。

鹿島 :例えばどんな方が印象に残っていますか。

野口 :やはり一番印象的だったのはジョニー・デップでしょうか。

鹿島 :かあー!これはなんという作品の頃だったんでしょうか。

野口 :『ブレイブ』という彼が初監督したものと、日本語タイトルが『ラスベガスをやっつけろ』という作品でした。2度インタビューしたんですが、カッコいいんですよ…やっぱり本物も。

鹿島 :フフフ。でしょうね。ちなみにそういったインタビューは、テレビなんかで見るとホテルのスウィートの一室だったりしますが、どういうシチュエーションだったんですか。

野口 :やはりホテルがほとんどですね。

鹿島 :あれは本人が待ち構えているところに、ライターの野口さんが訪ねていくという。

野口 :色んな形があるんですが、例えばカンヌ映画祭の期間中のインタビューだと世界中から3000人、4000人のジャーナリストが来るわけですよ。その中でインタビューをとるというのはなかなか至難の技でして。

鹿島 :そうですよねー。

野口 :だからなかなか1人でというわけにはいかないんですね。他の国の方と4〜5人でテーブルを挟んで話します。与えられる時間も15分〜20分という場合もあります。その短い中で可能な限りのお話を聞くという状況になりますね。それで、ジョン・トラボルタさんをインタビューした時は、実は私たちが待たせてしまったんですよ。

鹿島 :ええっ! 逆ですよね(笑)。

野口 :そうなんですよー。それはカンヌだったんですが、ヴィラという豪邸というか保養地といいますが、プール付のところだったんですね。運転手さんが場所を間違えてしまったんですよ。

鹿島 :うわあ…。話を聞いているだけで胃が痛いですね。

野口 :ほんっとですよ! それで遅れてしまって、他のインタビュアーが既にインタビューしているんですが、向こうサイドのスタッフも「もうダメだ」と。とにかく順番を最後に回して頂いてなんとか間に合ったんですが、ジョン・トラボルタさんは苦労されていますので、一度スターになってその後厳しい時代があったので、非常に気を使われる方というか。いい方でしたね。

鹿島 :やっぱり大変な時期があってということで、優しくなったりしてらっしゃるんでしょうけど、そういう人って簡単に言うとスタッフ受けが良いといいますか、周りのみんなも何があっても応援しようという気持ちになったりするというか。そういうカリスマ性ってそういうところから出てくるんじゃないですかね。

野口 :そうですよね。やはりインタビューするほうも、そういう方ですと応援したくなりますね。

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ヨーロッパでは、女性もレースが大好き。