Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

武道館が先か、F1が先か。

(3月20日放送)
吉本大樹 吉本大樹

吉本 大樹 Hiroki/Daiki Yoshimoto
Date of Birth 1980・9・2
Place of Birth Osaka JAPAN
Height/Weight 176cm/66kg
Blood Type B+
Language Japanese/English

1999年、FJ1600鈴鹿選手権でレースデビュー。翌年、エッソ・フォーミュラトヨタシリーズに参戦し、シリーズ12位。
その後、韓国のレースシーンへ殴りこみをかけ、韓国F1800シリーズでチャンピオンを獲得し話題になる。

2002年にはトヨタのサポートを受けて全日本F3選手権へ参戦。優勝1回を果たし、シリーズ8位。同年、F3世界選手権マカオGPへ初参戦、5位 。翌年もF3世界選手権マカオGPへ参戦、最後尾からの追い上げで6位。

その後、GT選手権、スーパー耐久シリーズでの活躍を経て、今シーズン、F1までワンステップの新シリーズ・GP2へのフル参戦が決定した。

一方で、ミュージシャンとして、"doa″のメインヴォーカルを担当する。まさに新時代のスター誕生である。

Driver site: http://www.hiroki-yoshimoto.com

このコーナでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週のゲストは、今シーズン、F1のすぐ下に新しく生まれた話題のレースシリーズ・GP2に参戦する、レーサーでミュージシャンの吉本大樹さんをお迎えします。お楽しみ下さい。



F1への最終関門、GP2に参戦決定!
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鹿島 :今週のゲストは、吉本大樹“選手”であり“さん”です。よろしくお願いします。

吉本 :よろしくお願いします。はじめまして。

鹿島 :基本的に、スポーツ選手の時は“選手”で紹介して、アーティストさんの場合“さん”で呼んでいるもので。

吉本 :わかりやすく、レーシングドライバーとしては「吉本ひろき」という本名を名乗っているんですが、音楽では「吉本だいき」って言ってます。

鹿島 :そっか。じゃあ吉本ひろき選手、そして吉本だいきさんですね。よろしくお願いします。今年出場するレースシリーズは非常に話題になっていまして、いわゆるF1の一つ下。前ですとF3000などのシリーズがあったんですが、新たにGP2。F1まであと1歩のクラス。結構有名な往年のレーサーの2世も出ますよね。

吉本 :そうなんですよ。ほんでね、つい最近もニキ・ラウダの息子のね、えっと…なんやったかな(笑)。まあ、ラウダJr.が出るのも発表されましたね。ケケ・ロズベルグの子供のロズベルグJr.とピケJrと。

鹿島 :あのネルソン・ピケ。

吉本 :はい。沢山いますよね。優等生が。

鹿島 :いわゆる往年のF1ドライバーだった方々は当然、息子をF1に送り込みたいわけで、それだけの人たちが出るということは、言ってみると本当にここから、ここで結果を出せばF1に行けるという。

吉本 :直結していますからね。とにかくGP2っていうのはF3000の位置付けのところに来るんですが、本当に数年前のF1のタイムで走っちゃうくらい、すごい速いマシンで、とにかくすごいですよね。

鹿島 :ここに来るまでは、いろいろと苦労や悩みもあったんじゃないですか。

吉本 :僕は少年時代、オーストラリアに住んでいたんですけど、18歳になった時にオーストラリアのテレビで17歳の子がフォーミュラ・ホールデンというオーストラリアのフォーミュラカーのレースに出ているのを観て、うわこれはヤバいなと思って。

鹿島 :フフフ。

吉本 :それですぐに荷物をまとめて、持ってるクルマを売って、売ったお金で飛行機のチケットを買って。

鹿島 :ははあ。

吉本 :それで日本に帰ってきて、FJ1600という一番底辺のレースから始めたんですけど。それで半年くらいシリーズに出て、フォーミュラ・トヨタというトヨタのワンメイクレースに1年間出て、鳴かず飛ばずで。それでたまらず、韓国でレースが盛り上がっていたので、韓国で声をかけていただいて。1年間韓国に逃亡?したんですけどね。そこでチャンピオンを取ることができてね。その時にFTRS(フォーミュラトヨタ・レーシングスクール)を受けに行って、そこでタイムが良かったりしたもので、サポートを受けさせていただけることになりまして。それでF3のオーディションを受けてF3にトヨタのサポートで2年間出させていただいて。

鹿島 :はい。

吉本 :だから、すごくラッキーだったんです。韓国に行ってチャンピオンという肩書きも取れたし。

鹿島 :自信もついたでしょうしね。話題になりましたからね。

吉本 :はい。韓国に行っている頃から、とにかく普通のことをしているんやったらレースはできないなと思って。別に僕は金髪が好きなわけじゃないんですけど、とにかく目立つには手っ取り早いのは金髪やなと、金髪にして。

鹿島 :フフフ。

吉本 :その頃はロン毛だったんで、ロン毛の金髪という相当気持ち悪い格好をしていましたね。

鹿島 :そしてアーティストとしての吉本さん。

吉本 :僕は、doaというグループでボーカルをしていまして、2月9日に『open_d』というアルバムを出させてもらって、その中の一曲に『Siren』という曲があるんですが、これは B'zの稲葉浩志さんに作詞をしていただきました。

鹿島 :ブルースハープも?

吉本 :そうなんですよ。ブルースハープも稲葉さんが。この曲を作った徳永暁人さんが「この曲でどうですか」って聴いてもらった時に、ブルースハープを吹いてくれて。その時のテイクがそのまま使われているんです。

鹿島 :一発OKテイクだ! じゃあちょっと生っぽい感じですよね。

吉本 :いや、めちゃめちゃ生っぽいです。


“世界”を確信した瞬間。
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鹿島 :レーシングドライバーとしての吉本大樹選手に引き続き聞いていきたいんですが、これまでのレース歴、レースシーンの中で、「これは忘れられない」と、すごく印象に残っていることは?

吉本 :F3から一気にプロの世界に入っていくわけなんですが、全日本F3、海外にはイギリスF3、ユーロF3、イタリアF3など、各地で統一したレギュレーションでやっているのがF3。その世界選手権というのが年末のマカオグランプリ。1年目に行った時は・・・5位。翌年2003年は苦戦しまして、パフォーマンスという部分でも僕には足りない部分があってクルマのパフォーマンスにも足りないところがあって。それで、やっぱり僕はそのまま終わるのがとにかくイヤだったので、海外のチームからマカオグランプリに出ようと。それを100%実費で。もちろんスポンサーさんも集めたんですが、自分で借金しながらお金をなんとか集めてマカオに行って。そこですごく内容が良かったんですよ。

鹿島 :6位。

吉本 :最終的には6位だったんですけど、1回目のスタートの1コーナーで、19位から11位〜12位くらいに上がったんですよ。予選はアカンかったけど練習はすごい良かったので絶対ポジションを上げられると思って。でも次のコーナーで、前のほうでグシャグシャっとクラッシュがあって、僕もそれに引っかかって一番最後尾まで下がってしまいました。

鹿島 :第2ヒートは?

吉本 :第2ヒートは、完璧に僕のミスで、グリッドに着く前にぶつけちゃったんですよ。それでクルマが壊れてグリッドに並べなくて、僕はリタイヤだと思いました。でもチームのメカニックのみんなが30分でクルマを全部直してくれて。もちろんアライメントとかおかしくなってしまってますけどね。

鹿島 :タイヤの向きが変わっちゃったり。

吉本 :はい。でもレースができる状態に直してくれて。それでみんながスタートした後に、僕はピットからスタートして、それで6位。

鹿島 :すごいですね。

吉本 :そのしょーもない自分のミスが無かったら絶対にちゃんと行っていたし、予選でセッティングのミスが無ければもっと行っていたし。すごい悔しいレースでもあり、自分の実力は絶対に世界で通用するという確信を持てたレースでもありますね。

鹿島 :世界一決定戦ですからね。もう本当に世界中の“F1の一歩手前のドライバー達”の中でね。これは今だから言えることで、ちょっと失礼な言い方かも知れませんが、そういう大舞台でトラブルがあって、メカニックをグッと引き寄せて修理させ、バーンと走って6位というインパクトもすごかったのかも知れませんよ。

吉本 :あー、そうですかねー。

鹿島 :なかなかできないですよ。

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