Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

ミスターの血を引くレーサー登場!

(1月30日放送)
長島 正興 長島 正興

長島 正興(ながしま まさおき)

生年月日:1970/09/26
身長:179cm 
体重:70kg
血液型:B型 
出身地:東京都
学歴:駒沢大学経済学部卒

1992年、学生時代にシビックレースでデビュー、翌年、初めての表彰台を獲得。その後、フォーミュラ・トヨタ、全日本F3などを経て98年に渡米、2000年までアメリカを舞台に活躍。2001年からは国内へ復帰し、全日本GT選手権、スーパー耐久を中心に活躍中。03年から目黒のCAFE&BAR「CONTRUS(コントラス)」のディレクターを務めるなど多方面で才能を発揮している。

◇公式サイト:http://www.sports-j.net/nagashima/
◇CONTRUS:http://www.contrus.com/

このコーナでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週のゲストは、Mr.ジャイアンツ長嶋茂雄さんの次男。今年14年目のシーズンを迎えるレーシングドライバーの長島正興選手をお迎えして、レーサーへの道のりから長嶋家の勝利哲学に至るまで様々なお話をお伺いします。お楽しみ下さい。



始まりは、父が買ってきたピンバッヂ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

鹿島 :今週のゲストはレーシングドライバーの長島正興選手です。よろしくお願いします。

長島 :よろしくお願いします。

鹿島 :長島選手といえば、90年代の後半にエッソ・フォーミュラ・トヨタシリーズというF1など頂点を目指すドライバーが沢山出てくる登竜門のレースで、僕とデビューしたレースがほぼ一緒ですよね?

長島 :だから鹿島さんとキャリア的にもほぼ同じような感じですよね。

鹿島 :ですね。フォーミュラ・トヨタからF3、その後アメリカに行ってっていうところまでね。

長島 :そこまではね。僕はちょっと先に帰ってきちゃいましたけど(笑)。

鹿島 :いやいや、でも先に行ってますからね。今日は改めて、長島正興選手がどうやってレーサーへの道を歩んできたのかというところも聞いていきたいと思います。ちょっと照れますね。

長島 :でも何かいい感じですよね。

鹿島 :長島正興選手の公式ウェブサイトを見ていてちょっと驚いたんですが、レースの道を選んだ理由。これが何とお父さんの影響だったという。

長島 :そうですね。父が監督を辞めてから、色々なスポーツを解説したり紹介する仕事をしているときに、たまたまインディ500のレースのゲスト解説として出たことがあってね。

鹿島 :ありましたねー。

長島 :その時、僕はまた小っちゃかったんですけど、インディ500のお土産屋さんでTシャツだとかグッズみたいなものを買ってきてもらってね。すごくカッコいいなあと。レーシングカーのピンバッヂとかね、そういったものを見て、その時初めてレーシングカーを見てカッコイイなと思ったのが最初の印象でしたね。

鹿島 :クルマ、レースとの出会いだったんですね?

長島 :あっ、これがレーシングカーなんだっていうね。

鹿島 :具体的にレースをやろうと思った、始めることになったのは、さらにその後に何かあったんですか?

長島 :その後、高校はアメリカに留学していた時期があったんですけど、その時にたまたまオーバルレースを観る機会があって、本物を間近で観てね。あの音ですね。音に最初にヤラれたのが印象に残ってます。

鹿島 :そして初めてレースに出たのが?

長島 :大学生時代ですね。本当に全然やれるとは思っていなかったんですけど、やはり20歳を過ぎてからそっちの世界への興味が強くなってきて、ガマンできずに。

鹿島 :初めてのレースってどうでした?

長島 :いやもう全然、とにかく緊張しっぱなしで。スタートするまですごい緊張していたんですけどスタートしてからも全然真っ白な感じ。デビュー戦は雨で、コースアウトでリタイアしちゃったんですけどね。リタイアするまでは頭真っ白。他では経験できない感覚でしたね。

鹿島 :じゃあ、リタイアしましたが、「これだ」と。「これぞ俺の生きる道」と感じちゃったわけですね。

長島 :フフフフ。はい。

next page
苦戦したF3時代、そしてアメリカへ。