Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。
小林稔 レースを追って27年、心熱きフォトグラファー登場!



40日間ヨーロッパ横断、貧乏取材の旅。
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鹿島 :小林さんはこれまでプロのモータースポーツフォトグラファーとして仕事をされてきて、“これぞ会心の一枚”とか“忘れえぬシーン”は、いくつもあると思うんですけど代表的なものを挙げていただけますか?

小林 :まずは、初めてヨーロッパのレースを観た時が僕の人生の中でも、かなり大きな転機だと思うんです。

鹿島 :それは何年くらいのことですか?

小林 :1980年ですかね。『CAR GRAPHIC』に入って2年目くらい、24歳〜25歳くらいのころだったんですが、ちょうどイギリスグランプリとヨーロッパのF2を追いかけて40日間ほどヨーロッパにおりまして。その時観たレースっていうのが、今でもイメージが残ってますし、こういうモータースポーツの社会・世界はすごく素晴らしいなって気持ちはその時に持ちました。

鹿島 :本場中の本場、イギリスグランプリを初めてご覧になって、どんな風に映ったんですか?

小林 :なにしろ華やかなんですが、観に来ている方々の年齢層の広さ。それこそ本当に家族連れはいるし、おじいちゃんはいるし。いろんな人がいるわけですね。そういう人たちがそれぞれの楽しみ方をしていて。日本ではなかなか見ることのできない景色だったんでね。やっぱり日本でもレースってこういう風になって行けばなって、感じましたね。

鹿島 :当時は、海外に行くと何日くらい取材されていたんですか?

小林 :今みたいにそう簡単に行ったり来たりができなかったので、一度行くと「元を取って来い」と言われましてね。

鹿島 :アハハ! 格安チケットとか普及する前ですもんね。

小林 :そうですね。ですから一度行ったら何しろ貧乏旅行で「沢山取材して来い」と。その時も週末はF1を観て、翌週はF2。1週空いたときはフォーミュラフォードをイギリスで観て、それから今度はイタリアへ行ってF2観てという4週間。その間は普通の一般車、自家用車にのってインプレッションの記事を作ったりとか。合わせて40日間。

鹿島 :うわー、すごいですね。イギリスグランプリで最も印象に残っているシーン、この一枚っていうのは?

小林 :この一枚っていうか、ジル・ビルヌーヴですね。

鹿島 :ジャック・ビルヌーヴのお父さん。天才的ドライバーでカリスマ的な人気を誇っていました。

小林 :もう、大好きだったんですよね。この年はフェラーリはちょっと不調であまりパッとしなかったんです。彼もリタイアしちゃうんですね。その時にリタイアしてヘルメットを持って向こうから歩いてきて、僕はコースサイドで写真を撮っていたわけですけど、そこですれ違ったんですよ。その時のオーラは今でも忘れないですね。

鹿島 :特に言葉を交わしたわけではないですよね。

小林 :もちろん向こうは僕のことなんて知る由もないわけですから。ただすれ違ったときに、ジル・ビルヌーヴだっ! っていう気持ちがあるわけですよ。今みたいにテレビもないですし、F1ていうのは遠い遠いものだったので、本でしか見たことない人間とすれ違ったというその感激、感動は今でも忘れられないですね。

鹿島 :やはりオーラみたいなものを感じたと。その時はシャッターを切ったんですか?

小林 :いや、ただただ、もう見とれるだけですね(笑)

鹿島 :固まってしまったんですね(笑)。そんなイギリスグランプリは1980年、25年前ですよね。

小林 :そうなんですよねー。まだF1も日本でそんなに知られていない時期だったんですけどね。

鹿島 :そういう意味では今、日本のメーカーがF1に参戦して日本人ドライバーが活躍して、テレビでほぼ生に近い形で当日に観ることができるっていうのは幸せですよね。

小林 :それこそもっと前、学生時代のころは、結果がわからないわけですよね。もちろんインターネットも何にも情報がなくて、本が出るまでまったくわからない状況でしたね。よく自動車雑誌の編集部に電話してレースの結果を聞いたりしましたね。

鹿島 :ええーッ!?そうなんですか(笑)。かなりマニアックですね。教えてくれましたか?

小林 :ええ。親切に教えてくれましたね。


デジカメはもちろん、FAXすらなかったあの頃・・・
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鹿島 :まだ当時のエピソードの続きがあるそうですが?

小林 :原稿とかを、すべて郵送してましたね。

鹿島 :郵送ですかー。原稿もですか?

小林 :原稿もフィルムも。というのは40日間行ってる間、日本では取材した記事を待ってるわけですね。結局送る術がないんですよ。FAXもないんですから。

鹿島 :うわー…。25年前ってそうだったんですね。

小林 :そうだったんですよ。それで撮った現像もしていない生のフィルムと、生の手書きの熊倉(重春)さんが書いた原稿を小包にして、まず郵便局を探すわけですよ(笑)

鹿島 :行った先々で。

小林 :そこから日本に送るわけです。それで後は日本にいるスタッフに任せて。現像から写真のセレクトからお任せ。取材が終わって日本に帰ってくると本ができてるわけですよ。それで自分の撮った写真が出ているわけですよ。あ、この写真使ったんですねー、みたいな。

鹿島 :通常ならそこで色校なんかが上がってきて、ゲラを見ながら熊倉さんが「ここの文章ちょっと変えようかな」とか、小林さんの写真でもっといいのがあったりとか、そういったことをやるわけですが、それまったくナシで?

小林 :ナシで。もう日本に帰ったら本が出来上がって机の上に置いてあって、あっこういう話だったんだー みたいなね。

鹿島 :フフフフ。

小林 :時代ですよねー。

鹿島 :最近は本当にデジカメが普及して。

小林 :もう現場から写真は送っちゃうわけですよね。

鹿島 :送りますよね。しかもデータでバックアップをとって送っているわけじゃないですか。原稿はワードかなにかで書いてそのまま送信で、当然原本は残ってます。でも当時は原本をそのまま送っているわけですからね。

小林 :生のフィルムを送っちゃうなんてね、これでもし無くなったりしたら全部真っ白になっちゃうわけですよ。

鹿島 :恐ろしい…。

小林 :でも全然トラブルもなかったですし、そういうことを心配しなかったですね。当たり前のことで、そういうもんだと思ってましたから。

鹿島 :原点ですね。

小林 :だからそういう意味で、僕はおもしろい時代を生きてきているわけなんで、この27年間はかなりおもしろい人生をやってますよね。

鹿島 :いやー、本当にお伺いしていてもドキドキします。小林さん、1週だけでは到底エピソードを聞ききれないので、来週もまた起こし下さい。

小林 :すいません、話が長くて(笑)

鹿島 :いやいや、とんでもないです、ありがとうございます。

小林 :とんでもございません。



今週のゲストは、レースの写真を撮り続けて27年!
『CAR GRAPHIC』のカメラマンを経て、国内外を飛び回る
熱きベテランカメラマン、小林稔さんでした。

ドライバーズサロン!
来週も素敵なゲストにお迎えしてお送りします。
お楽しみに!



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