Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

取材歴28年“プロのレースファン”山口正己登場!

(1月9日放送)
山口正己 山口正己

(やまぐち まさみ)

1976年に富士スピードウェイで行なわれた日本初のF1『F1世界選手権 in JAPAN』を皮切りに、国内外のモータースポーツを取材。77年、千葉工業大学機械工学部を卒業。卒論は『レーシングカーのボディ形状に見る空気力学的考察』。同時に『月刊オートテクニック』誌の編集部員として(株)山海堂に正式入社。86年『オートテクニック』誌編集長に。翌年、F1速報誌『GPX』を発明・開発。月刊でも週刊でもない“グランプリ刊”という発売形態を構築、記録的なF1速報誌ブームの先駆けとなる。96年6月、(株)山海堂を退社し、デザイニング・モータースポーツマイズを設立。

日本カーオブザイヤー選考委員/日本モータースポーツ記者会会員/自動車雑誌エディターズ連盟特別会員/日本モータースポーツ研究所主宰 他

<主なプロデュース出版物>
●VIVRATOIN(アイルトン・セナ写真集)
●F1グランプリ全発言(中村良夫のインタビュー集)
●手記アイルトン・セナ
●さらばF1グランプリの時代よ(舘内端著)
●『GPX』(F1速報誌)
●『F1 Quality』(Racing Culture Analysisマガジン)
●『F1SCENE』 “F1SCENE Editorial Director”

公式サイト:http://www.39-web.com/

このコーナでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週のゲストは、1976年の富士スピードウェイ「F1世界選手権 イン・ジャパン」を皮切りに、モータースポーツ取材歴28年。“プロのレースファン”という名のモーターレースジャーナリスト・山口正己さんをお迎えして、様々なエピソードや今シーズンの期待に至るまでをお伺いします。お楽しみ下さい。



レースが認められた2004年、オジサンは嬉しい!
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鹿島 :2005年、新年1回目のゲストは山口正己さんです。よろしくお願いします。

山口 :どうも、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

鹿島 :明けましておめでとうございます。2005年になりましたが、ちょっと去年のモータースポーツシーンを振り返ってみますと、なんと言ってもF1が久しぶりに盛り上がったなと、僕自身は感じました。

山口 :ですよね。というかその前に、去年は日本人がレースに限らずあちこちでね。ゴルフの丸山茂樹でしょ、イチローでしょ、それでオリンピックで金メダルがボロボロ出たでしょ。そして佐藤琢磨が3位に入ったりとね。スポーツシーンで日本人がどんどん出てきた気がするんですよね。あと2輪のほうでは藤波(貴久)がワールドチャンピオンになって玉田(誠)がモトGPで2回勝ってとかね。その中に佐藤琢磨がいたってことは、全体的にスポーツの中でモータースポーツが認められたみたいな感じがして、オジサンとしては嬉しかったかな。

鹿島 :モータースポーツに限って言いますと、鈴鹿の「F1日本グランプリ」が史上最高の15万6千人という集客を記録したり、数の部分でも盛り上がりを感じたわけですけど、雰囲気が違いますよね。今までのF1ブームと去年の盛り上がりっていうのは。

山口 :ですね。本当言うとね、佐藤琢磨が今までのドライバーに比べて圧倒的に強いっていうのは誤解だと思うんですけどね。佐藤琢磨は非常に良い状態にいるからそういう風に見えるだけで。例えば鈴木亜久里をあのクルマに乗せたらかなり良い所まで行ったみたいなことも実はあったりするんですけども、オリンピックも含めた色んな雰囲気の盛り上がりがあって、そこに頑張り屋の佐藤琢磨がいたということで、鈴鹿に対して期待が大きくなってね。だって4位になったら立派なのに、みんなガックリして帰ったんだから!

鹿島 :ハハハ!そうですよね。ちょっと前なら考えられませんよね。

山口 :優勝するとみんな期待していたわけじゃないですか。でも申し訳無いけどF1はそんなに甘かないなっていうのがありますよね。


2005年、“F1 日本元年”の予感。
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鹿島 :去年のモータースポーツでもう一つ、個人的に印象に残っているのが北海道の「世界ラリー選手権・WRC(ラリージャパン)」。

山口 :あー、「ラリージャパン」は素晴らしかったねー本当に。僕は冗談じゃなくて何度も涙が出たね、うれしくて。なぜかって、僕は1976年に『オートテクニック』というモータースポーツの専門誌に入ったんですが、そこでラリーの担当だったんですよ。それで長い間ラリーに接しているんですけど、“日本では絶対できない”はずだったの。それが主催者が苦労していろんな人の協力を得て開催にこぎつけたでしょ。それだけでも素晴らしいと思って。それで今までできなかったものだから、一般の人とか警察とかにかなり白い目で見られて後ろ指差されながら開催しているんじゃないかなと思ったら、実はそうじゃなくて、沿道でマラソンみたいに旗を振ってくれていたりとかね。それから僕の知り合いの息子さんが「ラリージャパン」に出場したんですけど、どこか山の中で待ち時間があって待たなきゃいけなくて食うものがなかったんだって。そしたら近所のオバサンが豚汁持って来てくれたって。

鹿島 :うわ。

山口 :それがすごく美味しかったっていう。そういう地元の人たちとの接点がものすごくあってね。割と北海道ってフランスに気候が似ているらしいんですけど、そういうこともあって外国人ドライバーも過ごしやすく、歓迎されている感じがあってすごくうれしかったと、そう言って帰っていった。普通だったら初めて来日したらどこかで引っかかりがあったり、誰かに蹴つまずいたりとかするじゃないですか。でもそれが全然ないどころか、歓迎されるイベントになったってことがすごくうれしかったですね。

鹿島 :今年も開催されることが発表されていますが、僕自身もWRCを生で観たのは北海道が初めてだったんですが、市販車を改造したクルマが中心ですが、ものすごいスピードで山の中を走ったり、移動区間はカラフルなラリーカーが普通に信号待ちをしていて(笑)。

山口 :うん。そうそう。

鹿島 :豚汁をその中で食べているとまでは気がつきませんでしたが、 あの雰囲気って、日本でこんなことが可能なのかって本当に思っちゃいましたね。

山口 :でしょ?

鹿島 :ラリー元年でしたね。

山口 :いや、本当にそう思う。本当に素晴らしかったですね。あ、もう泣きそう。話してるだけで。

鹿島 :“プロのレースファン”という名のモーターレースジャーナリスト山口正己さん。2005年はどうですかね、いろんなレースに期待感があると思いますけれども。

山口 :一番期待できるのは、やっぱり、今年はF1が“日本元年”になるんじゃないかという気がしているんですよ。

鹿島 :ドライバー…人という部分ではどうでしょう?

山口 :人で言うとね、マクラーレンに今までキミ・ライコネンというドライバーがいて、モントーヤがウィリアムズから移ったじゃないですか。トップドライバー、速いドライバーっていっぱいいるんですけど、あの2人はね、シューマッハは別格としても他の人とは線を引いて別に考えた方がいい2人なんですよ。

鹿島 :と言いますと?

山口 :というのはね、予選で速い人はいっぱいいるの。でもレースになると単純に運転が上手くて速いだけじゃなくてね。例えば相手に肘鉄食らわしても、相手の足を踏んででも前に行くってヤツじゃないと勝てないんですよ。それが2人ともそうなんですよ。昔マクラーレンホンダ時代に、セナとプロストが割とそういう感じで両方とも速かった。

鹿島 :あーっ。実際、よくレース中にそういう状態になっていましたよね。

山口 :んで、難しいのは、そういうドライバーですからチームメイトであろうと肘鉄食らわしちゃうわけですからね。

鹿島 :フフフ。

山口 :それが上手く2人が噛み合うとね、シューマッハもうかうかしてられないことになるかな、という気がしているんですけど。マクラーレンのボス、ロン・デニスがその2人をどうコントロールするのかっていうのも見ものかなっていう気がしますね。

鹿島 :ミハエル・シューマッハの弟、ラルフ・シューマッハがトヨタに移籍をしましたが、このあたりは?

山口 :シューマッハもトゥルーリも間違いなく速いドライバーなんですけど、2人ともちょっといい人過ぎる気がする。ただし去年までの3年間を戦ってきたトヨタのドライバーからみると確実にレベルアップしていると思うんで、今後のステップとしては丁度いいかなと思いますね。ただ2人が優勝経験ドライバーだからすぐ勝てるだろうと言われると、僕はよく「ぬか喜びはあとで哀しい」って言うんですけどね、そういうことになるんでね。とにかくF1は高いレベルだけど、そこに一歩一歩登りはじめたなという感覚で観れば、今年のF1はかなりおもしろいと思いますね。

鹿島 :苦労の時代があるから応援していても感情移入できて、何かあった時に2倍、4倍嬉しいんですよね。

山口 :逆に言うとね、簡単に勝てるんだったらみんな一生懸命お金かけてやる意味ないよって思いますよね。

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F1マシンをひっくり返した男。