Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

レースは、壮大な音楽だ!

(11月16日放送)
マイク眞木
マイク眞木

(まいく まき)

1966年、大学在学中に『バラが咲いた』でデビュー。日本のカレッジフォークの草分けであり、サーフィンやアウトドアライフの先駆者としてライフスタイルも注目される。また、海外ラリーへの参加、富士スピードウェイでレーシングチーム監督を務めるなど、バイク・クルマ好きとしても有名。最近では、アーティストとしてもいぶし銀の活躍を見せ、ライブハウスなどで若者からも喝采を浴びている。

11月21日(金)赤坂ライブハウス「アンベ」
12月11日(木)赤坂「カントリーハウス」
12月25日(木)新宿NSビルでクリスマスライブ(無料)

このコーナーではレース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなどその人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週のゲストは、尊敬する、憧れる方をお迎えいたします。1966年『バラが咲いた』でデビュー。バイク、クルマ、アウトドアライフをこよなく愛する爽やかないぶし銀、マイク眞木さんです。じっくりお楽しみください。


クルマを買えと、お告げがくる!!
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鹿島 :今週のゲストはマイク眞木さんです。よろしくお願い致します。

マイク :よろしく。

鹿島 :マイク眞木さんが免許を取られたのは、いつごろですか?

マイク :当時は14歳で原チャリの免許が取れたのね。16歳になったら、確か小型自動車とかいうのが取れたのです。16歳になった時には4輪に乗っていましたよ。

鹿島 :どんなクルマに乗っていたんですか?

マイク :自分のクルマは持っていなかったから、最初は友達から借りてダットサンみたいなのや、MGを運転させてもらっていました。最初に自分でクルマを買ったのは40年近く前ですかね。当時の大卒の給料が大体2万円ぐらいの時に、1万8千円でアメ車のフォードのカスタムラインという、'50年代のバカでかいのを買いました。4ドアだったかな…。

鹿島 :長く乗りましたか?

マイク :いや、壊れちゃって乗れなかった。ドアを閉めると、サビがバラバラと落ちるようなやつだったからね。しまいには、落ちた自分のフロントバンパーを踏んづけちゃったから。

鹿島 :そのあとご自身が乗られたクルマで印象に残っているものはありますか?

マイク :う〜ん、それぞれに色々な思い出があります。スポーツカータイプは、なぜかイギリスのライトウェイト。もう、本当に1000ぐらいの小さなエンジンで、ヤットコドッコイと走っているのが好きです。MGのTDをはじめ、MGミゼット、あとは、ロータススーパーセブンにも乗っていたことがあります。なぜかその辺が好きだったね。

鹿島 :スーパーセブンといいますと、シートに座ったままで手を伸ばせば地面に届くぐらい車高が低いですよね。

マイク :本当にそうです。でも雨の日なんかは、隣のダンプが跳ね上げる水をもろに全部かぶっちゃいます。幌をかけたら何処から入るんだよ、みたいな感じで大変でしたけどね。

鹿島 :ブリティッシュスポーツカーというのは、ちょっと意外な気がします。僕は、いわゆるピックアップトラックですとか、そういうクルマかなと思っていました。

マイク :それはそれで持っていましたよ。それとキャンピングカーが好きで、ワーゲンのキャンパーとか。

鹿島 :今まで最大でバイクも含めて何台ぐらい持っていたことがありますか?

マイク :山梨でモトクロスコースをやっていたころは、バイクは30台ぐらいはあったんじゃないかな。でも動くのはそのうちの3台とか。ナンバーが付いているのは1台しかないとかね。あとはオブジェ状態。そういう感じですよ。

鹿島 :当時は、気に入ったものはすぐに買ってしまう、衝動買い状態だったんですか?

マイク :それはあったね。クルマを運転していて、パッといいクルマが横に見えたので、お店に入ってそのままそれに乗って帰って来たみたいなこともあったね。またある時は、なぜか「買い換えなきゃ!」みたいなお告げがどこからか来るのよ。それで本屋さんに行って、やたらとその辺の本や雑誌を買ったりしてね。まあ今だったら、インターネットで調べたりとかね。そういう時期が必ず来るの。

鹿島 :わかりますね。

マイク :だけど最近は、「やめろ やめろ」というお達しが反対側から来るのよね。

鹿島 :じゃ、だいぶそういう衝動買いに心のブレーキが引けるようになったんですね。

マイク :あ〜心のブレーキ。いいこと言いますね。でもブレーキ外しちゃおう!!




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チーム監督時代の思い出・・・