Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

究極の自己投資でつかんだ夢!

(5月11日放送)
服部尚貴 服部尚貴

1966年6月13日生まれ。三重県四日市出身。1986年のレースデビュー以来、F3、F3000、フォーミュラニッポン、GT、ルマン、インディライツ、CARTシリーズ等、ありとあらゆるレースで活躍。今シーズンは全日本GT選手権にトヨタスープラで参戦中。持ち前のクレバーな分析力を活かし、ビデオマガジンや雑誌等でも活躍。日本を代表するトップドライバーの一人。

このコーナーでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週のゲストは、1986年のデビュー以来、F3、F3000、フォーミュラ・ニッポン、GT、ル・マン、米国のインディライツ、CARTシリーズなどなど、ありとあらゆるレースで活躍。今シーズンからは、GTにトヨタスープラで参戦中のレーシングドライバー・服部尚貴さんです。じっくりお楽しみください。


1秒の重さ。
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鹿島 :今週のゲストは、服部尚貴さんです。よろしくお願いします。

服部 :こんにちは。よろしくお願いします。

鹿島 :服部さんはいろいろなレーシングカーに乗られていますけど、もともとは1980年代中頃にFJ1600からですね。これは言ってみれば、レースの甲子園みたいなものですよね。?

服部 :そうですね。プロへの登竜門と言いますか、フォーミュラカーの一番下のクラスです。

鹿島 :このクラスで乗り始めた頃は、明確に俺はプロのドライバー、プロレーサーになるんだという気持ちがあったんですか?。

服部 :もちろんありました。まず3年間はやってみて、ダメならやめようと思っていました。本気でというか、要はお金の面なんです。3年だけは、どれだけ借金を作ってもやっちゃおうと思っていました。

鹿島 :それで見事チャンピオンを取って、F3へ。

服部 :そうですね。F3も、実は1年目は自腹でやっていたんです。F3の1年目が自分でいう3年目、まあ最後の年でした。レースをやり始めて4年目からは、一応お金がかからなくなったといいますか、うちのクルマに乗れという誘いがあったので助かりました。当時は台数がすごい多い時代で、F3でも50台とかエントリーしていて、半分ぐらいが(予選で)落ちる時代でしたからね。その中でうまく残っていられたというのはラッキーでした 。

鹿島 :言ってみれば、レースっていうのは、毎レース毎レースがオーディションみたいなものじゃないですか。

服部 :そうですね。結果が絶対残らないとね。内容だけでもダメだし、けっこう難しい世界ですよね。

鹿島 :服部さんは雑誌やビデオでも冷静で知的なイメージが強いんですけれども、当時からそうだったんですか?

服部 :いや、どうだろう。ずる賢いだけじゃないですかね。あんまり考えてはいないんだけど、多分そうだと思う。

鹿島 :フフフ。でも、そういう要素はプロとして過酷で熾烈な戦いの中でやっていくには大切なポイントじゃないですか。

服部 :まあ必要でしょうね。クルマを使ってやるスポーツですから、いつでも勝てるわけではないと思うんですよ。自分の調子がよくても、クルマの調子が悪かったらダメですから。ただ、クルマが調子よくて今回はイケるというチャンスのときに、自分の力が100%発揮できるかどうかという部分で上に行けるかどうか…。たぶんその辺がすごくあると思います。だから、チャンスのときに絶対ヘマしないというのが大切かなって、ずっと思っていますけど。

鹿島 :F1を観る友達からは、「今日は1秒以内に6台も入ってる、意外と差がつかないもんだねえ」みたいな話が出たりします。1秒の捉え方って、人によってさまざまじゃないですか。でも、よくよく考えてみると1秒って一瞬なんですよね。

服部 :一瞬なんだけど、たとえば予選で1秒差があったら諦めますね。

鹿島 :ものすごい差ですよね。

服部 :コンマ3秒は自分でなんとかなると思うんですよ。けれど、コンマ5秒だと自分でだけじゃ無理だなと。1秒だと、もうスミマセンでしたと謝る方ですね。

鹿島 :ホント、1秒というのは遠い世界ですよね。みなさんも次にレースを観る際には、1秒とかコンマ5秒とかという重みを感じてほしいですよね。

服部 :感じてほしいですね。普段の生活ではその重みを感じるのは無理ですものね。



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