Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。

1、2、3、ファイヤー!!

(2月16日放送)
大仁田厚 大仁田厚

1957年長崎生まれ。

ジャイアント馬場氏の付き人からプロレス人生をスタート。1982年にはNWAインターナショナルジュニアヘビー級世界チャンピオンの座に登りつめる。ところが翌年、試合中に左膝を粉砕骨折。84年には引退を余儀なくされる。その後、苦節の末、88年にFMWを設立。"邪道"と呼ばれながらも、"デスマッチの教祖"としてカリスマ的な人気を得る。

カリスマプロレスラーとしての顔の他に、役者やタレントとしても活躍! また、平成13年の参議院選挙で見事初当選。教育問題を中心に“若者の代弁者”として新たなる挑戦を続けている。

このコーナーでは、レース関係者はもちろん、車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週のゲストは、カリスマ的レスラーにしてタレント、俳優、参議院議員、そして大学生でもある、クルマを愛してやまない大仁田厚さんです。お楽しみください。ファイヤー!


手作りの免許だよ!?
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鹿島 :今週のゲストは大仁田厚さんです。

大仁田 :ファイヤー! どうも。

鹿島 :よろしくお願いします。ものすごいクルマ好きというウワサをキャッチしたんですが。

大仁田 :いやいや。男っていうのはさ、クルマが好きじゃないですか。それでさ、オレたちより上、親父の世代の人はテキトーに取れたらしいよね。

鹿島 :しかも、昔はバイクの大型免許も付いてきたという・・・。

大仁田 :ナメてますね、ホントに。

鹿島 :大仁田さんも教習所に通われたんですよね。教官もビビッていたんでしょうね。

大仁田 :当時はさ、知られてないもん。「あんた身体でかいね」とか「邪魔だなあ」とか言われてさ。今は教習所も人が少ないから・・・すごいらしいよ。もう、接待してるらしいよ。

鹿島 :接待ですか?

大仁田 :いや、それはわからないけど、昔はピリピリしてなかった? で、ハンコをくれないじゃないですか。蛇行運転しちゃいけないとか、S字とかクランク、バックで入れなきゃいけないところでポールにカチンと当たった瞬間にエンスト起こしちゃって、どうしよう・・・とか。今日はハンコ押してくんねえってさ。客なのに「オレ、なんでこいつら教官にコビなきゃいけないのかなあ」。今だからこそ言うけど、「オイッ、このヤロー!」。

鹿島 :フフフ。でも意外ですね。大仁田さんがバックしながらポールに当ててどうしよう・・・みたいな雰囲気はないですからね。そんな時代もあったんですか。

大仁田 :あったね。でも、男のクルマ好きはさ、通っていかなきゃいけない過程みたいなもんだね。18歳と8ヵ月の時に米国に行くことになって、その時に免許が飛んだんですよ。取り消しになっちゃいました。

鹿島 :そのあと、米国ではクルマに乗られなかったんですか?

大仁田 :それがですね、テリー・ファンク、ドリー・ファンクで有名なファンクス兄弟のところに行ったんですけど、これは言っていいのか悪いのかわからないんだけど・・・インターナショナル・ドライバーライセンス(国際免許)っていうのがあるじゃないですか。あれをニセで作ってくれたんですよ。

鹿島 :それはちょっとマズいですよ。

大仁田 :いや、使わなかったから。一度も使ってないから。だって、こんなのできるって言うんだもの。日本人の旅行客に「おいっ、見せてみろ!」って言ってさ、それで「こんなのだったら、オレらでできるよ」って。文房具屋に行ってグレーの紙を買ってきてさ、その形に切って、適当にコピーとって・・・。

鹿島 :大仁田さん、それ、ものすごい手作りですね。使えませんよ。

大仁田 :いや、だけどテキサスだからわからないとかね。こんなの見たってわかんないとか言ってさ。ホントにいいのかよって思ったね。めちゃめちゃアバウトですね。もう、許せないっスよ。

鹿島 :フフフ。ファンクス兄弟、いいですね。



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馬場さんの顔がサンルーフから・・・