Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。 

  スケートを辞めて、世界が広がった!!

(8月11日放送)
三宮恵利子
三宮恵利子


三宮恵利子(さんみや えりこ)

1974年9月19日生まれ。
北海道釧路市出身。


釧路新川小学校4年生の時、両親の勧めもありアイスホッケーからスピードスケートに転向。共栄中学校時代に『全国中学校スケート競技大会』で優勝し、高校でもインターハイ2位と注目を集める。

その後平成5年3月、憧れの橋本聖子選手が所属する富士急行に入社。長野五輪1000メートルでは8位入賞、ソルトレーク五輪では日本選手団の旗手を務めた。昨年の世界スプリントでは日本女子史上初の総合2位と大健闘!

W杯では通算6勝(500メートル2勝、1000メートル4勝)を挙げ、今年現役を引退。この夏、モータースポーツの世界へチャレンジをスタートした!


このコーナでは、レース関係者はもちろん車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週も、夏休み北海道取材スペシャル! オリンピック・世界選手権など数々の大会で活躍した元スピードスケート選手、今年ヴィッツレースで、レーサーデビューされた三宮恵利子さんです。じっくりお楽しみ下さい。
 



ぶっつけ本番なんです。
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鹿島 :今週のゲストは、元スピードスケート選手のこの方です。

三宮 :三宮恵利子です。よろしくお願いします。

鹿島 :よろしくお願いします。先ほど、ここ地元十勝スピードウェイで初めてのレースが終わったばっかりですが、率直な感想は?

三宮 :ホッとしたというのと、無事ひとつの形としてレースができたのでよかったと思います。

鹿島 :聞いたところによりますと、ほとんど練習をしないで、ぶっつけ本番みたいな感じでレースに望まれたとか。

三宮 :そうですね。初めてレースカーに乗ってから、今日まで10日間しか経っていないので、ほとんどぶっつけ本番です。

鹿島 :しばらくマニュアルのクルマに乗っていなかったと伺ったんですが、それは本当ですか?

三宮 :本当です。19歳で免許を取って以来、8年間マニュアル車は全然乗っていませんでした。まず、そこから入っていったんですよ。ですから、1ヵ月前は、普通にマニュアルのクルマを動かすことすらできなかったんです。懲りずに、毎日毎日同じことを、何回も何回も教えていただきました。

鹿島 :何が一番難しかったですか?

三宮 :やっぱり、スピードを、いかに車速を落とさないでコーナーを回りきるかというのが一番難しかったですね。高いスピードで回っていかないと・・・。車速が、一度落ちちゃうと、次のスピード、6500回転まで上げるのに時間がかかるじゃないですか。そこが難しいなあと思いました。

鹿島 :そんなにエンジンパワーがあるクルマではないですから、一回スピードを落としてしまうと、なかなか取り戻せなくなっちゃうんですよね。でも、もう真髄ですよ。それしかないというところまで、行き着いちゃってますよね。

三宮 :そんなことないですよ。まだ、ヒール・アンド・トゥもそんなに上手くできないですし・・・。

鹿島 :もともと、レースファンなんですか?

三宮 :レースは現役の時から、富士スピードウェイが近かったので、何もわからないんですけど、おもしろくて何回か観には行ってました。コーナーで観たりとかあっちこっちフラフラしながら観てました。

鹿島 :どんなレースをご覧になりましたか?

三宮 :富士はGT選手権のレースが多いので、GTが主ですね。

鹿島 :コーナーで観た経験があると、自分でもこんな風に走ればいいんだなあというイメージは作れたんじゃないですか?

三宮 :そうですね。コース取りというのは、スケートに似たところが少しあるので、説明されててもわかりやすいですね。

鹿島 :具体的には、どういうところが?

三宮 :外側から内側を狙ってグッーと入ってきて、外側に出ていくっていうのは、スケートもそういう風にラインを取っていくんです。スケートではコース取りって言うんですけど、コースをそうやって取っていくんです。そのレース用語を理解するのに時間がかかったんですけどね(笑)。

鹿島 :ハハハ。

三宮 :言っていることはわかるので、意外と共通点がありましたね。


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やっぱりクルマのことがいろいろわかった分・・・