Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。 

  320キロを越えると、違う世界にいくね。
(6月2日放送)
近藤真彦(こんどうまさひこ)

ヨイショ!'02〜日本の皆さんをホメていきまショー〜


近藤真彦(こんどうまさひこ)

1964.7.19生まれ
出生地:神奈川県

1984年富士フレッシュマンレースでカーレーサーとしてデビュー。
その後全日本F3選手権などに参戦。レーサーとしての地歩を固め、 1994年にはル・マン24時間耐久レースに参加。
全日本GT選手権第3戦(初優勝)など大活躍。
そして1996年から全日本選手権フォーミュラ・ニッポン/全日本GT選手権など活躍中。
 

このコーナでは、レース関係者はもちろん車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週のゲストは、エンターティメントシーンにおいても、レースシーンにおいても、常にアグレッシブに前のみを見て突き進むシンガー・アクター・レーサーであり、レーシングチームの監督でもあります近藤真彦さんです。じっくりお楽しみ下さい。
 



モチベーションが大事。
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鹿島 :今週のゲストは、近藤真彦さんです。よろしくお願いします。

近藤 :マッチです。よろしくお願いします。

鹿島 :5月22日に4年ぶりにシングル「ヨイショ!'02〜日本の皆さんをホメていきまショー〜」をリリースされました。元の曲は1985年。17年前ですよね。

近藤 :企画モノなので、インパクトがあればいいなみたいなところがあって、それでOKしました。最初は、ちょっと待ってやめようよ、いまさらヨイショを唄っている場合じゃないだろうと言うのが本音だったのですが、ドラマとうまくリンクできていて、しかも元気になるのでいいかなって感じです。

鹿島 :はい。

近藤 :このあと、第2弾、第3弾のことを考えれば、インパクトのあることをやっておかなければまずいですから。やるんだったら、徹底的にやらなきゃいけないので、テレビ、ラジオ、雑誌に出まくりで疲れますね。

鹿島 :ハハハ。今度はレースのお話ですが、フォーミュラ・ニッポンは、Olympic kondo Racing Teamとして、マッチさんがチームオーナーかつ監督ですね。

近藤 :3年前までは僕もハンドルを握っていたのですけども、トップフォーミュラになってくると、35歳も過ぎれば自分としてただレースに出ているだけじゃいやなんですよ。ただ、最後まで走ればいいだろうというスタンスでレースをやりたくないという気持ちがあったので、3年前にきっぱり降りまして、若い子にシートを譲りました。耐久レース、GT、ル・マンは、若い子には譲れないぞ、というので今も出ています。

鹿島 :フォーミュラ・ニッポンをドライバーとして、退く時は、すぱーんと決められたのですか?

近藤 :最後のレースが鈴鹿の最終戦だったのですが、レース中に走りながら決めました。走っていて、130Rを思いっきり行けなかったんだよね。

鹿島 :130Rと言いますと、鈴鹿の名所のひとつで、あそこでアクセルを人よりも多く緩めるようになってしまうと、タイムに響くところですよね。

近藤 :そこで、自分の今までの勢いだとか、キレみたいなものを見つけ出せなくて、ひょっとしたら、最後のレースになるかもしれないなあ、と自分の中で思ってました。チェッカーを受けた時には、やめようという気持ちになっていました。

鹿島 :そうですか。

近藤 :家に帰って、風呂に入っている時に考えたりしていたら、まだやめなかったかもしれない。走っている時にピーンと来たので、諦めがついたんでしょうね。


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乗っていてヤバイ。この世界はヤバイと思う・・・