Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。 


            (3月18日放送)
生年月日:1969年(昭和44年)3月7日
出身地:大阪府
身長:170cm
体重:60kg
血液型:RH+ O


1982年 13才でカート・レースにデビュー。
「関西カートランドシリーズ・Jクラス」チャンピオン獲得。
1987年 自動車免許取得と同時にフォーミュラ・レースにデビュー。
FJ-1600クラス15戦に参加、いきなり優勝する等の活躍でこの年の新人賞を受賞する。
1988年には「全日本F-3選手権」に参戦。
1989年には渡欧。
1990年からは「イギリスF-3選手権」に参戦(アラン・ドッキング・レーシング)。入賞4回等で注目を集め、1991年には日本国外のシングル・シーター国際レースで優勝した初の日本人となる。
1992年 「インターナショナルF-3000選手権」全戦に参戦(チーム・トムス)。
1994年 「インターナショナルF-3000選手権」において日本人としてはじめて3位をGET!
ヘレス(スペイン)、鈴鹿、アデレイドなど3つの「F1GP」に参戦を果たす。
1996年 アメリカに活動拠点を移し、「インディ・ライツ・チャンピオンシップ」全戦に参戦、トロントで開催された第9戦で3位に入賞!
1997年には「インディ・ライツ・チャンピオンシップ」第8戦(ポートランド)で優勝!「インディ・ライツ・チャンピオンシップ」において優勝した初の日本人となる。
1998年からは活動の場を日本に戻し「フォーミュラ日本」「全日本GT選手権」等で
活躍中。

もっと詳しく知りたい方はこちらを
野田英樹公式ホームページ
http://www.hideki-noda.com/

   
  このコーナでは、レース関係者はもちろん車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。

今週のゲストは、今シーズンも「フォーミュラ・ニッポン」「全日本GT選手権」に参戦されますレーシングドライバーの野田英樹さんです。じっくりお楽しみ下さい。




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鹿島 :今週のゲストは、野田英樹さんです。よろしくお願いします。

野田 :お願いします。

鹿島 :野田さんの初めてのレースは13歳の時、レーシングカートでした。デビューしていきなりチャンピオンになるんですね。この頃から、プロのレーサーになりたいと思っていたんですか?

野田 :そうですね。1年くらいカートをやってみて、自分の目指すものはこれだなと強く感じました。

鹿島 :野田さんは、海外でいろいろな記録を打ち立てています。初の日本人○○というのが多いですよね。開拓者ですね。

野田 :そういう意識はないんです。たまたま環境に恵まれていたのかもしれないです。それプラス、自分が強くレースをやりたいと思って、貫き通してそれに共感してくれる人がついて来てくれたから出来た事だと思います。

鹿島 :1994年、F1ドライバーとしてデビュー。相当嬉しかったでしょうね。

野田 :う〜ん。嬉しい。というのと、やっとここまで来たか。又、これから大きな壁があるな、乗り越えていかなきゃいけないな。という不安と、2つの気持ちでしたね。

鹿島 :免許を取って7年目にしてF1。振り返ってみてどうですか? 苦労と楽しさとどちらが多いですか?

野田 :今、考えれば、楽しい想い出しか残ってないですね。当時していた苦労も苦労と感じなかったです。そういう苦労をしている事が、自分に取って、とてもいい経験になっています。

鹿島 :ははあ。

野田 :中でも一番の想い出は、イギリスからイタリアのチームへ移籍した時の移動ですね。その時、お金もなんにも無かったんです。それで500ポンド、日本円にして10万円ぐらいのミニを買って、それに必要最低限の蒲団とかトレーニングの道具とかを詰め込んで、屋根にキャリアを付けて荷物を積んで、後ろにもキャリアを付けてバイクを積んで旅立ちました。

鹿島 :フフフ。

野田 :イタリアに行く前の日に、お金をかき集めてオークションで一番安いクルマを買ったんです。オークションで買うとクルマの状態が見られないんです。そのクルマ、4気筒のエンジンが3気筒だったんです(笑)。

鹿島 :壊れていましたか。

野田 :もちろん、直すお金なんてありません。まあ、20キロぐらいは出るんです。それでイギリスからイタリアまで行きました。高速道路もずっと路肩走行。モンブランの山越えは・・・大変でした。

鹿島 :越えられたんですか?

野田 :何とか越えましたけど、迷惑だったと思います。一車線しかない山道で真夜中はトレーラーがいっぱい走っているんです。僕のクルマは20キロしか出ませんから、僕の後ろに何十台というトレーラーが連なっていました。

鹿島 :クラクションとか鳴らされなかったんですか?

野田 :なかったです。あきれられていたのかもしれないですね。それが、今となってはいい想い出です。

 

 

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いろいろなエピソード
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