Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。 



              (3月4日放送)


世良公則(せらまさのり)
1955年広島県生まれ
1977年「あんたのバラード」で「第14回ポプコン」「第8回世界歌謡祭」でグランプリを受賞。世良公則&ツイストとしてデビュー! 一躍脚光を浴びる。その後ソロアーティストとして活躍する一方、俳優としても実力を評価され次々に話題の作品に出演する。1999年には映画「カンゾー先生」で2度目の日本アカデミー賞助演男優賞を獲得している。また以前から車好きとして知られ、それが縁で1999年よりF-1GP総集編のナレーション、さらに2000年からはF-1GPオープニングのナレーションをつと めている。

  このコーナでは、レース関係者はもちろん車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島が迫ります。


今週のゲストは、日本ロックシーンの代名詞とも言える圧倒的な存在感と強烈な個性の持ち主。音楽活動のみならず、今シーズンもF1グランプリのオープニングナレーションを担当される世良公則さんです。じっくりお楽しみ下さい。






鹿島 :今週のゲストは、この方です。

世良 :どうも、こんばんは。世良です。よろしくお願いします。

鹿島 :世良公則さんです。よろしくお願いします。声が響きますね。

世良 :この声で、F1ではお馴染みになってきましたから(笑)。今シーズンもオープニングナレーションやらして頂けるというので、僕自身、楽しみにしています。

鹿島 :世良さんが、F1のナレーションをやられるようになったきっかけは何だったんですか?

世良 :'98年の総集編からだったと思うんですけど、当時の担当プロデューサーの方が音楽少年であったらしくて、ずっと、世良公則のファンでいてくださったらしいんです。それで、ハウンドドッグのベーシストの鮫島秀樹さんと昔、ツイストというバンドで一緒にやっていたんですけど、彼の紹介で奥田民生クンの結婚披露パーティーで、そのプロデューサーの方とご一緒したんです。

鹿島 :はい。

世良 :そこでF1の話で盛り上がって、じゃあ1回、総集編でナレーションどうですかって言われてたんです。僕も総集編だったら、1年分のレースが見られるからいいですよ。というのが始まりです。

鹿島 :元々、レースに興味を持ち始めたのはいつ頃ですか?

世良 :僕は、まだティレルが6輪で走っている頃です。ニキ・ラウダとかが活躍していた頃ですね。だから、F1マシーンというと、葉巻型というイメージがありますね。

鹿島 :初めてレースを見たのはいつ頃ですか?

世良 :僕らが子供の頃というのは、映像がほとんどない時代でしたから、レース雑誌の写真から入るんです。コーナーを立ち上がってくるマシーンであるとか、ドライバーのインタビューページで防火マスクを外そうとしている写真とか、そういう写真から入るんです。

鹿島 :なるほど。

世良 :広島の田舎でしたから、実際にレースは見に行けないしテレビでもレース中継をやっていない時代でした。ロックもそうでした。プロモーションビデオもないしコンサートのフィルムもないです。ロックとレースは、全部、本屋さんで立ち読みをする時代でした。

鹿島 :はっはー。

世良 :止まっている写真なんだけど、凄くそこにスピード感があるし、少年からみた男らしさとか、大人の男の格好良さとか、日本語には訳してあるんだけど、レーサーが口にするインタビューの言葉に憧れを感じていました。

鹿島 :なるほど。

世良 :本当に初めて走っているレースカーを映像で見たのは、大学生になってからです。

鹿島 :音楽もレースも、音であるとか動きがあるじゃないですか。それを初めは写真から入ったのですね?

世良 :写真で感じてました。

 

 

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