Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。 


PART1(11月5日放送)

西城秀樹
昭和30年4月13日広島県生まれ。
1972年「恋する季節」でデビュー以来「YOUNGMAN」「いとしのローラ」など数々のヒットを放ちスーパースターとして人気を誇る。昨年はエンリケ・イグレシアスの 「Bailamos〜Tonightwedance〜」をカヴァーして話題を集める。そして今年、20世紀最後のシングルとして10月25日に「時のきざはし」をリリース。

 
このコーナでは、レース関係者はもちろん車を愛してやまない人気アーティストをゲストにお招きして、カーライフやレースのエピソードなど、その人物の本音にレーサー鹿島がせまります。

今週のゲストは、前作「バイラモス」で日本の音楽シーンを骨の髄までホットにしてくれた西城秀樹さんです。先日、R・Kプロデュースでニューシングルをリリースしたばかりで、お忙しい中、お話を伺いました。お楽しみください。


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鹿島 :今週のゲストは、このお方!

西城 :こんばんは。西城秀樹です。よろしくお願いします。

鹿島 :秀樹さんが免許を取られたのは、いつ頃ですか? 

西城 :30歳ぐらいの時だったと思います。海外なんです。カルフォルニア…。最終的には、ハワイで取りました。僕が取った時は、まだ、日本語のペーパーテストがない頃で、全部、英語でした。その代わり辞書を持ってテストを受けていいんです。問題は30問。30問中26問あえば、合格です。

鹿島 :4問しか間違えてはいけないんですか。

西城 :はい。1回テストを受けると、そのあと、2クラスまで残ってテストを受けていていいんです。僕は、2クラス残りました。それで、すぐ採点です。向こうは、パッと目の前でやってくれますから。いきなり最初の4問がたてつづけに、ペケ、ペケ、ペケ、ペケ。「あ、ダメだ。」と思ったら、残りの問題が全部正解でした。

鹿島 :良かったですね。

西城 :大変でしたね。でも嬉しかったのは、その場で写真を撮ってすぐに免許をもらえること。しかもアメリカの免許では笑って写ってもいいんですよ。そのあとは、日を改めて自分の好きな車で路上走行。相当練習はしたんですが、結局上手いとか下手とかはあまり関係ないみたい。どれだけオーバーアクションで確認を出来るかが大事なんです。

鹿島 :オーバーアクションで確認ですか?

西城 :そうです。あと、答え方はイエス・サーでいいんです。

鹿島 :わかりやすいですね。そうやって免許を取られてから、いろいろなクルマに乗られたと思いますが…

西城 :とにかくクルマは好きでした。自分が乗るようになった時、まず、安全面を考えました。そして、スピードとパワーもそこそこあって。…といってもスピードを出す!というわけではないですよ。

鹿島 :要するに、合流なども楽に出来るだけのパワー、という意味ですね。

西城 :そうです。最初に購入したクルマが、ボディカラーがナス紺のメルセデスのSL450です。まだ、自動にはなって無かったですが、オープンに出来るクルマです。忘れもしません。クルマが来るその日、僕は、文化放送で仕事をしていました。クルマを文化放送に届けていただいて、乗って帰りました。

鹿島 :オー、凄いですね。

西城 :緊張しましたね。四ッ谷駅の交差点のところに交番があるんです。そこで、僕は直線の車線にいるのに、右折してしまったんです。あっ、しまったと思ったら、すぐ止められました。

鹿島 :それでどうしました?

西城 :若いお巡りさんが近づいてきて僕の顔をみて、「秀樹さんじゃないですか!」って言うんです。で、僕は「ごめんなさい、今日納車したばかりで、緊張して見えていなかったんです」って言ったんです。

鹿島 :はい。

西城 :「そういう事もありますね。気をつけてください。」と許してくれそうな感じだったのですが、そこにちょっとお歳の先輩格のお巡りさんが来て、「ん!?秀樹じゃないの!こいつ(若いお巡りさん)はお前のファンかもしれないが、私は村田英雄のファンだ。」って…

鹿島 :ハハハハハ!

西城 :その方に40分説教されましたが、許してもらいました。納車したばかりで、ホントに緊張しました。そのクルマは、凄いピッカピカにしていました。

鹿島 :洗車なんかもご自分でやってたんですか?

西城 :やりました。休みになったら、自分で必要以上に丁寧に、バンパーが鏡になる位やりました(笑)。

 

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エンジンルームが全部クリスタルになってました