Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。 


 PART2(7月9日放送)

Profile
1969年、高校3年生のときに「怪童のひびき」で漫画家としてデビュー。1975年から「少年ジャンプ」誌上で連載を開始した「サーキットの狼」がスーパーカーブームに乗って大ヒット。1977年には単行本が1100万部突破、映画化・レコード化されるなど、数々の記録を打ち立てる。いっぽう、この頃よりレーサーとしても活動を始め、こちらでも輝かしい経歴を誇る。

 
今週のゲストは先週に引き続きまして、「サーキットの狼」をはじめ、数々の名作を世に送り出したクルマ漫画の伝道師であり、レーサーでもある池沢さとしさんです。じっくりお楽しみ下さい。

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鹿島 :池沢さん、ボクたちが子供の時代はスーパーカーブームで、スーパーカーショーもありましたし、本もたくさんありました。けれども、実際にスーパーカーを手にした人は身近にいなかったですよね。

池沢 :そうですよね… 現実的なことを考えるとね。

鹿島 :最近は、中古車の雑誌とか見ると、ポルシェとかフェラーリとかが国産車と変わらないような値段で出てますよね…

池沢 :1976年に僕が最初にポルシェターボを買った時は、1300万円代だったんですよ。それが今ではポルシェの新車は1000万円ぐらいで買えるじゃないですか! あの当時の国産車との差っていうのはスゴかったんですよ。国産車って100万円ぐらいで買えたんですから… だから、今考えるとポルシェって安いんですよ。あの当時から考えるとね。

鹿島 :ところで先日、池沢さんが主催されている「サーキットの狼カートグランプリ」にお邪魔させていただきまして、衝撃を受けました。ホントにいろんな方がいらっしゃって…

池沢 :そうですね。僕の周りのクルマ好きの仲間や、レース関係の人が集まってます。

鹿島 :カートグランプリを始められたきっかけというのは何ですか?

池沢 :僕とレースの主催者の会長とサーキットのオーナーの3人で、「みんなで楽しく遊ぼうよ」ってノリから始まったんです。

鹿島 :あの会長さんが、「一般道で飛ばしたり危ない事しないで、こういう所で思いっきりイイ汗かきましょう!」って爽やかな挨拶をされましたよね。あれはどちらかというとヨーロッパの感覚って感じですよね。

池沢 :うん。去年から始まったんですが、ずっと一貫してそんな感じでやってます。

鹿島 :どんどん入会希望者が増えてるんじゃあないですか?

池沢 :増えてます。ただ、ちょっと…その…いきなり変なのは入れないようにという事で、一応ルールがあります。

鹿島 :こういう活動も、池沢さんご自身がレースをやったりする中でクルマを楽しむ部分を追い求めるために出来たような感じですね。

池沢 :そうですね。僕は1977年からレースを始めてるのでレース歴が結構長いんですけど、カートというのは最初乗ってなかったんです。後からカートを知って、「F1の原点がここにある」みたいな感じでやってみたらスゴイ楽しいんですよ。金額も安く出来るし、それでいて走りはフォーミュラの感覚でね。ドリフトはするわ、シビアな動きでね。なんて言うのかな…神経を磨くためにもいいなあ、という感じですね。だからなるべく続けたいと思います。

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「要するに仕事熱心なんですよ(笑)…」