Driver's Salon
 クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。 
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立川祐路 (5月14日放送)
Profile
1975年7月5日生/血液型:B/ 出身:神奈川県鎌倉市
愛車:アルテッツア
高一の頃なんとなくはじめたレーシングカートでその才能を発揮。3年後にはレースの本場フランスで1年間のレース修行。翌年「フォーミュラトヨタ」でシリーズチャンピオンを獲得するや駆け足でステップアップ。22歳で日本のトップカテゴリー「フォーミュラニッポン」のステアリングを握る。2000年は「全日本GT選手権」(スープラ)「フォーミュラニッポン」に参戦中。共にチャンピオン候補である。

 
今週は「トヨタ期待の若手ドライバーシリーズ」Vol.2です。トヨタチームセルモから全日本GT選手権にスープラで参戦中で、先日、富士スピードウェイで行われたレースで3位に入賞した、レース界きってのアイドルフェイス・立川祐路選手です。じっくりお楽しみ下さい。

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鹿島 :立川選手は1991年、16歳の時にレーシングカートでレースデビュー。きっかけはなんだったんですか?

立川 :レースはテレビでF1とか見てて好きだったんですけど、自分がなれるとは思っていなかったんです。たまたまレーシングカートを知りまして、両親と弟と家族4人で遊びで始めたんです。

鹿島 :全くの遊びで!? でも、始めた年にシリーズ4位に入って次の年はシリーズチャンピオンじゃあないですか。「これだ」っていうのがあったんですか?

立川 :そうですね。遊びでやっていても、やっている以上はレースに出てみたくなるじゃないですか? で、出てみたら、割とイケたんです。
いろいろなドライバーの方に話を聞くと、「小さい頃からやってた」という方が多くて、僕は16歳で始めたから「遅い」と思っていたんです。けれど、(レースに出てみて)「これはもしかしてまだイケるかな」と、ちょっと考え始めました。

鹿島 :そして、次の年にもう一つ上のカートのクラスでシリーズチャンピオンを獲って1994年にいきなりフランスへ!

立川 :そうですね。はい。

鹿島 :エルフの「フォーミュラ・キャンパス」という、フランスで行われている若手をF1ドライバーに育てるためのレースシリーズですよね。これはどういうきっかけで?

立川 :まあ、カートをやってる時にエンジンメンテナンスとかをやってくれてる人がいて、その人の知り合いにエルフの日本代理店をやっている人がいて。そこからの話で、「行ってみないか」と。急遽ですよ。

鹿島 :一人で在住フランス! フランス時代で一番苦労した事ってなんですか?

立川 :海外で初めての4輪だったもので、最初はそのスピード感っていいますか、マシンをコントロールしきれなかったりとか。 あと、向こうの人はアグレッシブだと聞いていたので、こっちもアグレッシブにいったら、クラッシュが多くて。途中で、壊しすぎて日本に帰されそうになりました。

鹿島 :「いい加減にしろよ」と。

立川 :はい。前半戦はそうでした。初めは幸先良く3位に入ったんです。でも、そのあとずっとリタイア続きでシーズン中盤ぐらいまでは最悪でした。

鹿島 :最終的なシリーズ成績は何位だったんですか?

立川 :4位です。最後の5戦ぐらいは調子良くて最終戦とその前は2連勝しました。

鹿島 :当時、戦ったライバルは、どんな人がいますか?

立川 :今、国際F3000に出ている人がいます。その人と最後ずっと争っていたんです。F3000でも割と前のほうを走ってますから…

鹿島 :F1に近々いく可能性が十分ありますね。楽しみですね。

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「段々太くなってくるんですよね…」