クルマを愛して止まない「彼ら」との対話。それがレーサー鹿島のドライバーズサロン。
harada tetsuya
原田哲也
Profile
生年月日:1970年6月14日
出身地:千葉県
身長:162cm

1989年にヤマハワークスから全日本250ccに参戦。92年に岡田忠之と抜きつ抜かれつのレースを展開し、250ccチャンピオンを獲得。翌年、同じくヤマハからWGP250ccに戦いの場を移し、いきなり年間チャンピオンを獲得。その後、ヤマハのマシンに不満を漏らし、97年にアプリリアへ移籍。99年からは、500ccへステップアップ。イタリアでは、中田英寿より有名とか。


原田哲也
 PART1(1月16日放送)

今週は「ライダーズ・サロン」といった方がいいかもしれません。今日のゲストは、バイクのワールドカップ、「バイクの世界選手権」のトップライダー、'93年の250ccクラスのチャンピオン! 原田哲也さんです。普段とは違った2輪の世界のお話。じっくりお楽しみ下さい。

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鹿島 :原田さんといえば、'93年「バイクの世界グランプリ」にデビューと同時に1戦目から優勝! あれは衝撃的でしたね。

原田 :あんまり憶えてないんです。気がついたらもう、終わってたって感じですね。そのレース以前に、ヨーロッパの生活、海外に出て生活するっていうのが初めてだったので、生活の方に無我夢中で…ええ。

鹿島 :やはり、レース以外の事も結構大変でしたか。

原田 :そうですね。食事とか、あとやっぱり言葉(の違い)ですよね。

鹿島 :原田さんは現在、「アプリリア」というイタリアのチームに所属されているわけですが、コミュニケーションに関してはどうですか?

原田 :契約内容に「イタリア語を喋れ!」ってことが書いてあるので、なるべく勉強しようと努力はしてますけど…ハイ。

鹿島 :凄く単純な質問なんですけども、世界でトップ・スポーツマンとして戦う事の大変さ、厳しさってどんなところですか?

原田 :「どんなとこ?」っていわれても困っちゃうんですけど…厳しいって自分で思ってないんでね。これが普通の生活になっちゃてるんで、それが厳しいかどうか自分ではあまりよく解らないっていう…

鹿島 :そういう意味では、競技生活は相当楽しい?

原田 :う〜ん、仕事になっちゃってるんで、「楽しい」だけじゃやってられないんですけど、でも、「厳しい」と思った事はないですね。悔しいことはいっぱいありましたけどね。レースに負けるのが一番悔しいんで。ええ。

鹿島 :レース中の原田選手は、顔つきが全然違いますよね。

原田 :怒ってますね。レースシーズンはほとんど怒ってるんじゃないですかね。勝っても怒ってる時があるので…

鹿島 :(笑)ハハハ。ありますね。勝ってるのに、「何かあったのかな?」って…

原田 :勝った時でもトラブル抱えている時とかもあるので、そういう時は怒ってますね。

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「元々世界グランプリに全然興味がなかったんですよ…」